お忍び不要な休日デート

 ――春休み。


 期末総力戦の処理がおおよそ一段落し、本物のお嬢様こと羽衣紫音はごろもしおん学園島アカデミー内を自由に出歩いても支障なくなった頃。


『というわけで――さっそくお出掛けしましょう、篠原しのはらさん』


 端末を介した唐突なお誘い。いかにも楽しげな雰囲気を声に乗せながら、好奇心旺盛な彼女は(俺を置き去りにして)話を進める。


『わたし、どうしても行ってみたいスイーツのお店があるんです』

ゆき莉奈りなと行ってもいいのですが……というか、最初はそのつもりだったのですが。せっかくなら、素敵な殿方にエスコートしていただくのも楽しいかなと思いまして』

『嫌ですか?』


 ……さすがに、嫌なわけはない。


(強引っていうか積極的っていうか……傍若無人ぼうじゃくぶじんって感じだよな、いい意味で)


 昨夜の通話を苦笑交じりに振り返る俺。

 

 春休みの真っ只中、時刻はランチタイムを少し回った頃合いだ。羽衣が選んだスイーツショップはいわゆる超人気店で、見渡す限り全ての席が埋まっている。そのほとんどが女子のグループか、もしくはカップル。どこもかしこも華やかだ。


 そして、


「ん~♪」

「美味しいです、とっても。クリームが甘くて幸せな気持ちになりますね」


 俺の対面では、上品な金糸のお嬢様――羽衣紫音が頬をとろけさせている。


 普段は自由奔放かつ好奇心旺盛、どこか底知れない雰囲気も併せ持つ彼女だが、今日の印象は大きく違う。年相応というかあどけないというか、とにかく無邪気で可愛らしい少女という印象だ。


 が、それも仕方ないというものだろう。何しろスイーツが美味すぎる。


「道理で人気も出るはずだよなぁ……」


 チーズケーキの欠片を口へ運びつつ、相槌あいづち代わりに返事をする。


枢木千梨くるるぎせんり――学園島アカデミーきってのスイーツ好きがおススメしてただけのことはある」


「ふふっ、そうですね」

「ですが……篠原さん?」


 と、そこで対面の羽衣が不意に小さく首をかしげた。どこかからかうような、あるいはわずかにねたような表情だ。


 彼女は頬の近くで〝ピッ〟と人差し指を立てながら言う。


「今はわたしとのお出掛け中……もっと言うなら、熱々あつあつのデート中です」

「そんな時に他の女の子の名前を出すなんて、マナー違反になってしまいますよ?」


「えっ」

「あ、ああ、それは悪かっ――」


「いいえ、ダメです。許しません」

「罰として……あーん、してください」


「!?」


 喧騒けんそうの中に放り込まれた唐突な爆弾発言。


 聞き間違いかと思って耳を疑う俺だが、羽衣は右手に持っていたフォークでクリームたっぷりのパンケーキを切り分け、俺の方へと差し出している。たのしげに緩んだ口元。銀色のフォークは、もちろん彼女が使っていたものだ。


「や、ちょ、あーんって……」


 不意打ち気味の所作にドキリとしつつ、俺はどうにか狼狽ろうばいの声を返す。


「……どういう罰なんだよ、それ?」


「篠原さんならたくさん照れてくださるかな、と思いまして」

「それに……」


 そこまで言った辺りで、羽衣が唐突にちらっと視線を〝後ろ〟へ向ける。

 

 と――


『やばっ!? ユキ、しゃがんでしゃがんで!』


『声が大きいです、リナ。……見られていないことを祈るばかりですが』


「…………」


 羽衣の背後。いくつか離れた席でばっと身を隠す、2つの見知った人影。


「ふふっ……」


 ゆっくりと身体を戻しつつパンケーキを自分でぱくりと食べてから、羽衣はうっかり見惚みとれるくらいたおやかな笑みを浮かべてこう言った。


「雪や莉奈とは濃い日々を過ごしてきましたが、2人から〝嫉妬〟されるのは生まれて初めてなので……」

「少し、楽しくなってしまって」


「……はいはい」


 どこまでも強キャラ感の溢れる発言に、小さく肩を竦める俺だった。

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