専属メイドと通話中!

「――ん?」


 不意に、テーブルの上に置いていた端末が微かに震えた。


 表示を見ると、俺の専属メイドこと姫路白雪ひめじしらゆきからの電話着信だ。名前自体はこれ以上ないくらい見慣れたものだが、電話越しのやり取りというのは珍しい。何しろ彼女は、大体いつも俺の隣にいてくれるから。


(っていうか……)


 思わず首を傾げてしまう。


 平日の夜。日課の家事を爆速で終わらせた姫路は、ついさっきお風呂へ行ったはずだ。学園島アカデミーの端末は完全防水だから浴室に持ち込んでいても不思議はないが……それにしても、電話?


 とりあえず、出てみることにする。


「もしもし」

「どうした、姫路?」


『すみません、ご主人様』


 不思議な反響を伴って聞こえる姫路の声。……やっぱり風呂場のようだ。

 少しドキッとする俺を置き去りに、澄み切った声が紡がれる。


『大変申し上げにくいことなのですが……』

『実は、シャンプーが切れてしまって』


「シャンプーが?」


『はい』

『詰め替え用は買ってあるのですが、廊下の押し入れに仕舞ったままで……すっかり失念していました』

『なので、その……』


「ああ、もちろん」


 言いづらそうにしている姫路のお願いを先回りして、一つ頷く。


「ドアの前に置いとけばいいか?」


『はい』

『ありがとうございます、ご主人様』


 安堵したような姫路の声を聞きながら立ち上がる。


 任務自体は非常に簡単なものだ。廊下にある詰め替え用のシャンプーを風呂場の前まで持っていくだけ。もちろん浴室のドアを開けるわけじゃないんだからハプニングなんて起こりようがない。


 ――問題は。


「『…………』」


 何となく通話を繋いだまま動き始めてしまったため、端末を手放すタイミングがなくなってしまったことだ――通話口から聞こえるのは微かな吐息と、ちゃぷちゃぷという穏やかな水音。風呂場特有のくぐもった反響。


 それ自体が何かみだらなわけでもないのに、ひたすらドキドキしてしまう。


「っ……」


 ごくり、と唾を呑み込んだ――瞬間だった。


『……あの、ご主人様?』


「!」


『そんなに……気になりますか?』


 俺の動揺が伝わってしまったのだろうか――端末越しに耳朶を打つのは囁くような問い掛け。ほんの少し悪戯っぽい、それでいて照れたような声音。


 それによって心臓がさらにドクンと高鳴り、頭がくらくらとしてきた俺は。


「――すいませんでしたぁ!」


 思わず素直に謝っていた。

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