メイド見習いな小悪魔先輩

「えへへ、見て見て緋呂斗ひろとくん♡」

「似合う?」


 とある休日。


 我が家のダイニング――7ツ星仕様となっているため相当に広いその場所で、秋月あきづき乃愛のあがメイド服のスカートを両手でふわりと持ち上げた。


 英明の小悪魔とも称されるワガママボディの上級生。モノトーンのメイド服は決して胸元を強調するものでも露出の激しいものでもないはずだが、可愛さだけでなく若干の背徳感をかもし出している。


「あ、ああ……似合うけど」


「ほんと? 乃愛ちゃん、可愛い? 見惚みとれちゃった?」


「っ……そりゃまあ、可愛いかな」


 とん、っと不意打ち気味に距離を詰めてきた秋月の問いに一瞬言葉を詰まらせながらも肯定を返す俺。……ふわりと漂う甘い香り、触れそうなくらいの至近距離で揺れるゆるふわの栗色ツインテール。上目遣いも非常にあざとい。


 ――と、そこで。


「ご主人様を誘惑するのはおめください、秋月様」


 溜め息交じりに首を振ったのは本来の俺の専属メイド・姫路白雪ひめじしらゆきだった。まとっているのは秋月と同じくフリルの付いたメイド服。もうすっかり見慣れている。


 さらり、と銀髪が揺れた。


「というわけで、ご主人様」

「以前お伝えした通り、秋月様から『料理を教わりたい』という申し出がありまして……本日の晩御飯は、二人で一緒にご用意させていただきます」


「えへへ♡ 楽しみに待っててね、緋呂斗くん♪」


 両手の人差し指を頬に添えてあざと可愛く語尾を跳ねさせる秋月。


「乃愛ちゃん強くて可愛くて賢いから、白雪ちゃんに教わったらすぐプロ級の腕前になっちゃうんだから♡」

「そ・れ・に……」


 そこで一旦言葉を止め、秋月が〝ふふ~ん〟とばかりに挑発的な視線を姫路に向ける。


「もし乃愛ちゃんが緋呂斗くんの専属メイドだったら、毎日手料理に『おいしくな~れ♡』っておまじないしてあげるよ?」

「白雪ちゃんはやってくれないと思うけど……♡」


「……む」


 秋月からの宣戦布告を受けて、傍らに立っていた姫路はぴくりと眉を動かした。……もちろん、どこぞのメイドカフェじゃないんだから〝おまじない〟なんて必要はない。ないが、姫路は――特に秋月に対しては――負けず嫌いな面がある。


 故にこそ。


「見くびらないでください、秋月様」


 そう言って俺に向き直り、両手でハートマークを作った姫路は……囁くように、一言。


「おいしくな~れ、おいしくな~れ、おいしくな~れ……」

「萌え萌え、きゅん♡」


「――――」


 控えめなジェスチャーと小声のおまじない。


 その破壊力にぶち抜かれた俺は、一瞬で言葉を失ってしまう。


「……もう、白雪ちゃんってば。何やらせても可愛いんだから」

「ま、乃愛ちゃんにはかなわないけど♡」


 そんな俺の隣では、秋月が微かに唇を尖らせながらニコニコと嬉しそうな笑みを浮かべていた。

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