完璧メイドの弱点

「むぅ……」


 ある日の夜のこと。


 シアタールーム備え付けのソファで、姫路ひめじが珍しく〝むっすぅ……〟としていた。


 珍しいのは表情だけじゃない。普段は何をしている時でも良い姿勢を保っている彼女なのに、 今はすぐ隣の俺にぴったりとすがり付くような体勢になっている。


 が、まあそれも無理からぬ話だ。


「いやぁ……怖かったな、マジで」


 モニター上を流れるエンドロールを眺めつつ半ば放心状態で呟く俺。


 俺と姫路がついさっきまで見ていたのは、加賀谷かがやさんに勧められたB級映画というやつだ。最初はコメディ色の強い恋愛モノだったのだが、徐々に不穏な描写が増えていき、後半からは怒涛どとうの猟奇ホラーに変貌。


 何度悲鳴を上げたか分からない。


「はい……」


 すっかり憔悴しょうすいした姫路の掠れた声が耳朶を打つ。


「ストーリーが面白かったので最後まで見てしまいましたが……」

「それも含めて加賀谷さんの思惑通り、という気がします」


「確かに……何なら、ホラー要素はネタバレになっちゃうもんな」

「騙し討ちを楽しむ作品っていうか」


「はい、間違いなく名作でした」

「……ですが、ご主人様。1つ、困ったことがあります」


 そこで姫路が、ほんの少し恥ずかしそうな気配を伴って顔を赤らめた。相変わらず俺の腕をぎゅっと掴んだままの両手。白銀の髪が至近距離でさらりと流れる。


「今の映画、とても怖かったですよね?」


「ああ」


「映像が頭に焼き付いていて、目を瞑るだけで色々なシーンを思い出してしまいそうですよね?」


「そうだな」


「……今日ばかりは、1人で寝られそうにありません」

「あの……ご主人様の部屋に、お邪魔してもよろしいでしょうか?」


「!?」


 恥じらうような囁きにドクンと心臓を跳ねさせる俺。


 確かに俺と姫路はずっと前から1つ屋根の下に住んでいるが、もちろん寝室まで一緒というわけじゃない。だってそれは、さすがに……いや、でも。


『――ふっふっふ!』


 と――そこで、不意に傍らの端末画面が点灯した。見れば、加賀谷さんからのメッセージ通知が入っている。


 曰く、


『そろそろ映画は観終わった頃かな、ヒロきゅん?』

『とんでもなく面白くて爆裂に怖いから1人じゃ絶対寝られない、おねーさんの超おススメ映画!』

『にひひ、白雪しらゆきちゃんに格好いいところを見せる大チャンスだよん?』

『あ、もちろん無理やりはダメだからねん!』


(ま、まさか加賀谷さん、最初から全部仕組んで……!?)


 姫路の肩をそっと支えながらひくひくと頬を引きらせる俺。


 この日の夜は、すぐ近くで寝入ってしまった姫路を前に俺の方が理性と戦い続けて眠れない時間を過ごすことになるのだが――それは、また別の話だ。

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