誘惑の多い同棲生活

 ――ある日、家に帰るとジャージ姿の不審者が廊下の物入れを漁っていた。


「えっ」


「どひゃあ!?」

「……って、なんだヒロきゅんかぁ」

「んもう、びっくりして尻もちついちゃったよ~」


 てて、とわざとらしく腰をさすりながら身体を起こし、胡坐あぐらのような体勢になる妙齢の女性――加賀谷かがやさん。整った顔立ちの割に髪はボサボサで、メガネも少しだけ斜めにズレている。相変わらずの残念美人、といった風貌だが。


 とにもかくにも。


「何やってるんですか、加賀谷さん……?」

「うっかり通報しそうになるくらい怪しかったですけど」


「それがさ、聞いてよヒロきゅん!」


 勢いよく言いながら、床(もちろん綺麗に掃除されている)に腰を下ろしたままの加賀谷さんがばっと顔を持ち上げる。


「あのね! ちょっと前にさ、通販で白雪しらゆきちゃんへのプレゼントを買ったんだよん」

「で、それが今日やっと届いたんだけど……おねーさんが目を離した隙に、白雪ちゃんに隠されちゃって」

「一緒に探してよ~」


「はぁ」


 む~、としかめっ面で唇を尖らせる加賀谷さん……だが、妙な話だ。あの姫路ひめじが単なる意地悪でそんなことをするとも思えない。


「ちなみに、何を買ったんですか?」


「あ、うん。ヒロきゅんなら絶対にトキめいてくれると思うんだけど――」

「〝これ〟だねん!」


 加賀谷さんが突き付けてきたのは、学園島アカデミーの端末だ。


 手のひらサイズの小さな画面には一着の服が写っている――プレゼントというだけあって、デザインとしては確かに可愛らしい。ただし難点を挙げるなら布面積が極端に少なくて、ほとんど下着みたいなコスプレ衣装である。


「――……どう、ヒロきゅん?」


 俺が何かしらの感想を口にするより早く、いつの間にか近付いてきていた加賀谷さんの吐息がこそっと鼓膜を撫でる。


「ヒロきゅんも思春期の男の子だからねん」

「これ着てる白雪ちゃん、ちょっとだけ見てみたくない?」


「ぐっ……そ、れは……」


「にひひ」

「ヒロきゅんが手伝ってくれれば、白雪ちゃんもきっと――」



「――あの、加賀谷さん。それからご主人様」



「「!!」」


 刹那、背後から投げ掛けられたのは涼しげな声。


 おそるおそる振り返ってみれば、そこには7ツ星おれの専属メイドこと姫路白雪が呆れたようなジト目で立っていた。


「はにゃっ!?」

「し、しししし白雪ちゃん、いつからそこに!?」


「少し前に帰宅したところです」

「全くもう、加賀谷さんは……事あるごとにご主人様をそそのかそうとするんですから」

「あの衣装――ではなく、大人の下着ですか? あれなら返品しておきましたので」


「え~!」

「白雪ちゃんがああいうのを持ってる、って事実だけで大抵の男の子はドキドキしちゃうと思ったのにぃ~」


 謎の動機を供述しながらがっくりと項垂うなだれる加賀谷さん。


(災いの種がなくなって安心したような、ちょっとだけ残念なような……)


 そんな彼女を横目に見ながら、俺はどうにか雑念を振り払う――と、その時。


「……あの、ご主人様」


 当の姫路が再び声を掛けてきた。澄んだ碧の瞳で俺を見つめた彼女は、白銀の髪をふわりと揺らして言葉を紡ぐ。


「参考までに、なのですが……」

「『これ着てる白雪ちゃん、ちょっとだけ見てみたくない?』――の答えだけ、うかがっても?」


「!」


 微かに照れたような、あるいは意地悪をするような声音の問い掛けに、対する俺はドクンと心臓を跳ねさせて。


「……か、勘弁してください」


 白旗の代わりに絞り出すような答えを返すのだった。

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