お菓子なギャンブル

「「ごくり……」」


 リビングに生唾を呑み込む音が小さく響く。


 テーブルの上に置かれているのは、裏向きで積まれたトランプの山だ。既に数枚がめくられており、表側が公開されているたばもある。


「……あんたの番よ、篠原しのはら


 ポツリと紡がれる声。

 

 テーブルを挟んだ対面――意思の強い紅玉ルビーの瞳をこちらへ向けているのは、嘘つき同士の共犯者こと彩園寺更紗さいおんじさらさだ。


 不敵な笑みと共に、豪奢ごうしゃな赤の髪がさらりと揺れる。


「ユキの手作りクッキー、最後の1枚を賭けたチキンレース……」

「捲ったトランプの数字を足していって、合計値を〝50以上〟にした方が負け」

「自分のターンでは何枚捲ってもいいけれど、0枚でパスはもちろん禁止」

「J,Q,Kの絵札は一律で〝マイナス5〟扱い、ってルールね」


「……ああ」


 余裕の態度でルールをそらんじるお嬢様に苦悶の頷きを返す俺。


 さっきのターン――彩園寺の猛攻は本当に凄かった。中盤の〝37〟からスタートし、絵札に対する完璧な嗅覚で神回避を連発。

 敗北ギリギリの〝49〟で俺にターンを回してきた。


「ふふん……」


 胸元で腕組みをしている彩園寺。

 その表情はご満悦だ。


「最初にランダムで表向きにしたカードと今までに捲れたカードの内訳を考えれば、次に絵札が来る確率は15%以下よ」

「大人しく負けを認めなさい、篠原」


「……くっ」


 否定しようのない事実を突き付けられる。


 姫路のクッキーという勝利報酬があるため折れたくはない――が、カードを1枚も捲らないという選択肢はない。


 現在の合計値が〝49〟なんだから、絵札以外は即敗北だ。


 だが、


「――はっ」


 だからこそ俺は、不敵に口角を釣り上げる。


「甘いな彩園寺」


「え……?」

「ま、まさかあんた――カードに細工を!?」


 目を見開いてテーブルに両手を突き、勢い余って立ち上がる彩園寺。


 それでも、もはや勝負は決している。


「いっけぇえええええええ!」


「っ……!」


 紅玉ルビーの瞳に見守られながら山札の上のカードを豪快に捲る。

 ……緊張の一瞬。

 表向きになったカードに書かれていたのは、もちろん――


「「…………」」


 ――ダイヤの8。

 合計値57、バースト。


「……それじゃ、あたしの勝ちで」


「くっそぉおおお!」


 さすがに、ハッタリだけじゃ勝敗は覆せないらしい――。


 ひょいっとクッキーを掻っ攫う彩園寺の対面で、力なくテーブルに突っ伏す俺だった。

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