味見係のジレンマ

篠原しのはら、ちょっといい?」

「味見をお願いしたいのだけど」


 ――7ツ星の専属メイド・姫路白雪ひめじしらゆきが不在のとある日。


 我が家のキッチンにて、桃色のエプロンを身に着けた豪奢ごうしゃな赤髪のお嬢様こと彩園寺更紗さいおんじさらさがくるりとこちらを振り返った。


「……またかよ」


 嘆息交じりに応答する俺。


姫路ユキの代わりに夜ご飯を作ってあげる〟――そんな申し出をしてくれたのは彩園寺の方だ。恵んでもらう側としては味見くらい喜んでやるけれど、いかんせん頻度が多い。


 試食を頼まれたのはこれで7回目。


 最初はダイニングにいたものの、今や往復の手間をはぶくべくキッチンの片隅でエプロン姿のお嬢様を見守っている。


「いいじゃない、別に」


 むっとした顔で腰に手を遣る彩園寺。意思の強い紅玉ルビーの瞳が不服そうに俺を見る。


「マズいものを食べさせてるわけじゃないんだから」

「ユキには勝てないかもしれないけど……料理、別にニガテじゃないし」


「まあな」


 ニガテどころか、最近はかなり腕を上げているように思う。


 そんなことを考えながら、俺は彩園寺から差し出された小皿を受け取った。ふちの部分にまで可愛いクマの模様が大胆にあしらわれた小皿。メニューとしては肉じゃがなのだが、肉やら芋を食べていると味見で満腹になってしまうため、盛られているのは汁だけだ。


 小皿に口を付けてこくんと喉を鳴らす。


「うん、美味い」

「さっきよりもっと良くなった……っていうか、もう文句の付けどころがないかもな」


「そう?」

「ふふん、ならいいわ」


 得意げに頷く彩園寺。

 そんな彼女を見て、思わず口を挟んでしまう。


「でも、いいのかよ?」

「さっきから俺ばっかり味見してる気がするけど……」


「?」

「あんたのために作ってるんだから、あんたの好みに合わなきゃ意味ないじゃない」


「っ……」

「ま、まあ、それはそうかもしれないけど……」


 当たり前のように言い放つ彩園寺だが、だからこそ不意打ちの如くドキッと心臓が跳ねてしまう。


「でも……そうね、確かに」


 そんな俺の前で、エプロン姿の彩園寺が不意にこくりと頷いた。右手のおたまで左手の小皿に肉じゃがの汁をすくった彼女は、上品な仕草でそっと小皿に口を付ける。


「……ん」

「ちゃんと美味しくできたかも」

「篠原が味オンチってわけじゃなさそうで安心したわ」


「そんな心配してたのかよ」

「ったく……っていうか、あれ?」


 相槌あいづちを打ったところでふと〝違和感〟に思い当たる。


 彩園寺が持っている小皿は俺がついさっき味見に使ったものだ。ふちまで広がる可愛らしいクマのデザイン。つまりは明確な〝向き〟があって、俺も彼女も自然と同じ持ち方で使っている。同じ位置に唇を触れさせている。


「な、なあ、彩園寺?」

「その小皿……もしかして、間接――」


「!?!?!?!??!?!??!」

「な、な、な……何してくれてんのよ、バカ篠原ぁっ!!!」


 かぁっと首筋まで真っ赤にする彩園寺。


 手の甲を唇に当てつつ紅玉ルビーの瞳で思いっきり睨んでくる彼女を前にして、釣られるように体温が上がっていくのを感じる俺だった。

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