秋月乃愛

愛してるゲーム(あざとい)

緋呂斗ひろとくん、緋呂斗くん!」

「ね、乃愛のあとゲームしよ?」


 ――珍しく人気ひとけのない生徒会室。

 

 大規模イベントの選抜プレイヤーたちを待っている間にそんな勝負を持ち掛けてきたのは、小悪魔の異名を持つ先輩少女。小柄な身体に相反あいはんする胸元が凶悪的な、6ツ星ランカーの秋月あきづき乃愛だった。


 定位置である俺の左隣に座った彼女は、栗色のゆるふわツインテールをあざとく揺らしながら上目遣いでこちらを覗き込んでくる。


「……ゲーム?」

「それって……」


「あ、違うよ?」

学園島アカデミーの《決闘ゲーム》じゃなくて、もっともっと簡単なやつ♪」

「〝愛してるゲーム〟って知ってる?」


「…………」


 至近距離でふわりと小首を傾げる秋月に思わず黙り込む俺。


 愛してるゲーム――多分、知っている。TVのバラエティーか何かで見たことがあるし、動画投稿系のSNSでも流れてきたことがあるような。


「確かお互いに『愛してる』って言い合って、相手を照れさせたら勝ち……みたいなやつだよな?」

「一応、知ってるけど」


「えへへ、さっすが緋呂斗くん♡」

「それじゃルール説明はらないよね~♪」


 嬉しそうに笑みを浮かべる秋月。

 左隣から俺の制服を軽くまんだ彼女は、微かに身を乗り出すようにして。


「ひろとくん」

「乃愛、緋呂斗くんのこと……」

「大好き、だよ?」


「っ……」


 甘くとろけるような声音に、思わず動揺が表に出てしまいそうになる――。


 が、幸いにも(?)秋月は普段からこういうことを言うやつだ。対応に慣れていると言えば慣れているため、照れを誤魔化すくらいはできないこともない。


「……はいはい」

「そりゃ光栄だけど、ゲームで言われてもな」


「ううん」


 しかし秋月は栗色の髪をふるふると左右に揺らす。


「嘘じゃないよ♡」

「ゲームってことにしてるだけで……そういう〝てい〟にしてるだけで」

「こんなこと、乃愛ちゃんは嘘じゃ絶対言わないから♪」


「……そ、そうか」


「うん♡」

「乃愛は、ほんとに緋呂斗くんのことが好き」


 そっと身体が寄せられる。秋月の右手は俺の腕をからめとるような格好になっていて、柔らかな胸元が布越しに押し付けられている。


「緋呂斗くんは……」


 吸い込まれそうなくらい大きな瞳が俺を見た。


「緋呂斗くんは、乃愛のこと好き?」


「!」

「俺、は……」


 ――これは〝愛してるゲーム〟だ。


 ゲームなんだから何を言っても告白ということにはならないだろうし、秋月だって単にからかうつもりでやっているだけかもしれない。


 なら、いや、でも、それは。


「俺は――!」


「――ご主人様」

「それに、秋月様」


 ……と。


 そこで生徒会室の扉をガラリと開けたのは、微かにムッと頬を膨らませた銀髪の専属メイド――姫路白雪ひめじしらゆきだった。


「全く、油断も隙もありません……」

「わたしのいないところでご主人様とイチャイチャしようだなんて」


 溜め息をきながら静かに歩みを進め、秋月の身体をえいやと引きがしにかかる姫路。対する秋月は「むぅ~」と不満げな声を零していたものの、やがて素直に引き下がる。


 そうして彼女は、改めてあざとい笑顔を向けてきた。


「えへへ……」

「邪魔されちゃったね、緋呂斗くん♪」


「邪魔ってわけじゃないと思うけど……」

「ま、今回は引き分けってことにしておくか」


「ううん」

「引き分けじゃなくて、乃愛の負けだよ」


「?」

「なんでだよ」


「ん~……」


 ぴと、と人差し指を顎に添える秋月乃愛。

 英明の小悪魔は、今日一番のあざと可愛い笑顔でこう言った。


「だって乃愛、言いながら自分でいっぱい照れちゃったから♡」

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