純粋無垢な超難問

(マズいな、これは……)


 とある休日の昼下がり。


 シアタールームで映画を観ていた俺は、唐突な大ピンチに見舞われていた。


 ピンチの内容を説明するには、まず状況からおさらいしなきゃいけない――そもそも、俺は一人でいるわけじゃない。シアタールーム備え付けのふかふかソファで、ゴスロリドレスの中学生こと椎名紬しいなつむぎを膝に抱えた体勢だ。


 何となれば、観ている映画というのが椎名のリクエストした洋画モノだから。


 格好いいアクションシーンや気障なやり取りが楽しめるスパイものということで、実際その部分には何の不満もないのだが――


(ベッドシーンがあるとは聞いてなかったんだけど!?)


 ――じわり、と額に汗が滲む。


 いや、まあ何も異質な展開というわけじゃない。洋画特有の〝大人の描写〟というやつで、直接的な描写があるわけでもない。ただハンサムな主人公とグラマラスな護衛対象ヒロインが濃厚なキスをして、そのままベッドへ雪崩れ込んだだけだ。


「わ……」


 情熱的なキスに驚いたのか、小さく声を零す椎名。


 そうして彼女は、俺の膝の上でもぞりと姿勢を動かした。……薄暗いシアタールーム。漆黒と深紅のオッドアイが至近距離から俺を見上げる。


「ね、ね、お兄ちゃん」

「ちゅーしてるのは分かるんだけど……これって、お布団の中で何してるの?」


「うっ」


 ――来たか、と緊張を募らせる俺。


 世の親たちが子供に訊かれて困る質問の最上位(予想)。そんなものを密着した美少女中学生からぶつけられるというなかなかな状況だが、さらさらの黒髪を揺らす椎名があまりにも無垢なため、いかがわしい感情ではなく純粋な焦りに襲われる。


「あ、あー……えっと」


 だから俺は、しばしうめいた後にどうにか答えを絞り出すことにした。


「これは、何ていうか、その……」

「……大人になれば、自然と分かるやつだよ」


「えぇ~」


 俺の答えにぷくっと頬を膨らませる椎名。


 胸元に抱いたケルベロスの人形・ロイドと共に、彼女はぐっと顔を近付けてくる。


「わたし、中学生だよ? もうすぐ高校生だよ? それに魔界の王様だよ?」

「背はちょっとだけ小さいけど、とっくに大人だもん!」


「う……じゃ、じゃあそのうち分かるって」


「そのうち?」


 ん~、と人差し指を頬に添える椎名。


 桜色の唇がゆっくりと言葉を紡ぐ。


「そのうちってことは……もしかして、お兄ちゃんが教えてくれるの?」

「わたしのこと、ちゃんと大人にしてくれる?」


「――――」


 舌っ足らずで危うい質問に思わず顔を覆う俺。


 この無垢な少女の問い掛けに何と返すのが正解なのか――それは、きっとフェルマーの最終定理並みの超難題に間違いなかった。

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