見栄と本音の境界線

 某大型イベントの開催直前――。


 ここ学園島アカデミーには《ライブラ》と呼ばれる組織がある。彼ら彼女らは大規模《決闘ゲーム》の運営補助や実況などを担当しているのだが、盛り上げ施策の1つに〝告知映像〟というモノがあった。


 いわゆるPV、もしくはテレビCMを想像してもらえれば分かりやすい。


 その中には学園ごとに注目プレイヤーが紹介されている映像もあって、四番区英明えいめい学園からはもちろん――というと自意識過剰に聞こえるが――俺こと篠原緋呂斗しのはらひろとが選ばれている。


 ――曰く、


『四番区の最注目プレイヤーは、言うまでもなくこの男……!』

『その戦いぶりは魔王の風格! 無敗の頂点、学園島アカデミー最強!!』

『7ツ星・篠原緋呂斗ォオオオオオ!!』


 渾身のあおりと共に映し出されるのは、片手をポケットに突っ込んだ俺の写真。


 そんなものを――


「……格好付けすぎじゃない、篠原?」


 俺は、嘘つき同士の共犯者こと彩園寺更紗さいおんじさらさと一緒に鑑賞していた。


 場所は我が家のダイニングだ。端末の機能を使って、机の上にisland tubeアイ・チューブの映像を投影展開している。


 つまりは気取った態度の俺が大写しになっているというわけだ。


「……し、仕方ないだろ」


 多少の気恥ずかしさを覚えながらも誤魔化すように口を開く俺。


風見かざみからのオーダーだったんだよ、魔王っぽくやってくれって」

「こんなギラギラに編集されるとは思わなかった」


「ふぅん?」

「じゃあ、撮り直しなんかも当然しなかったわけね」


「え」

「や、まあ…………3回」


「格好付けてるじゃない、やっぱり」


 呆れたような紅玉ルビーのジト目で俺を見てくる彩園寺。


「いやいやいや……それで言うなら、俺だけじゃないだろ」


 だが、俺にも反論の余地はあった。テーブルに身を乗り出す形で端末を操作し、映像を1つ前のもの、つまりは三番区桜花おうか学園のそれに切り替える。


 ――すると、瞬間。


『圧倒的実力! 知性! 美貌! 教養! センス! 何もかも揃った超逸材!!』

『転校生に奪われた無敗の称号、いざ雪辱を晴らす時!』

『桜花の《女帝》・彩園寺更紗ァアアア!!』


 煽り文句と共に映し出されたのは1人の少女――。


 それも正面から撮られたものじゃなく、街中で振り返った一瞬を切り取った(と思われる)お洒落な写真。ふわりと風に舞う豪奢ごうしゃな赤の髪、左手で軽く髪を掻き上げた彼女が微かに口元を緩めている。


「……気取ってる、なんて次元じゃないだろ」


「ど、どういう意味よ!」


 俺の突っ込みに対面の彩園寺がむっと唇を尖らせた。


「どこから見ても普通の写真じゃない」

「何が気取ってるっていうの?」


「この風、演出だろ? わざわざタイミングを選んでる」

「それにカメラの画角も背景も、他のプレイヤーと全然違うじゃねえか」

「自分からリクエストしなきゃこうはならないって」


「べ、別に……それは、鈴蘭リリィが好きにしていいっていうから」

「撮り直しだって頼んでないわ。……5回しか」


「俺より多いんだけど?」


 反撃が上手く決まって苦笑を零す俺。


 やや気を緩めながら「ったく……」と言葉を続ける。


「道理でビシっと決まってるっていうか、いつも以上にかわ――……」


「――……ふぅん?」


 刹那、彩園寺の表情がわずかに緩むのが分かった。


 片方の肘をテーブルに突いた彼女は、からかうような紅玉ルビーの瞳を上目遣いにこちらへ向けてくる。


 そうして一言、


「いつも以上に、何かしら?」

「ちょっと聞こえなかったのだけれど」


「い、いや……別に、何でもないっていうか」


「何でもないってことないじゃない」

「それともまさか、恥ずかしくて言えないとか?」


 じっと真正面から覗き込んでくる桜花の《女帝》。


 その表情は俺が〝言わない〟と確信しているようで――だからこそ俺は、覚悟を決めることにした。


「可愛いって言ったんだよ」

「いつも以上に、めちゃくちゃ可愛いって」


「!」


 ぼふっと音が鳴った気がした。


 見れば彩園寺が、鮮やかな髪の色と同じくらい顔を真っ赤に染めていて。


「……ぅ、あ……何よ、もう」

「ほ、ほんとに言うなんて思わないじゃない……バカ篠原」

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