肉まんvsあんまんの攻防

 とある冬の日、学園島アカデミー四番区にあるコンビニの店内にて。


「むぅ……」


 俺の専属メイドにしてクラスメイトでもあるところの姫路白雪ひめじしらゆきが悩ましげな視線を向けているのは、レジ横に置かれたホットスナックの什器じゅうきだった。


「これは、なかなかの難題ですね」

「あんまんと肉まん、どちらにしましょう……?」


 ――そう。


 そもそも手袋やマフラーがないと耐えられないほどの寒さだ、かれるものは多くある。 中でも肉まんとあんまんの二大巨頭が俺たちを迷わせていた。


「あんこで温まりたい気持ちもありますが、王道の肉まんも捨てがたいです」


「まあな」

「何ならピザまんとかだってあるし」


「……選択肢を増やさないでください、ご主人様」


 困ったように眉を寄せ、白銀の髪をふわりと揺らす姫路。


 そんな彼女の隣で俺は「うーん……」と頬を掻く。


「だったら、両方買って分け合うか?」

「せっかく2人いるんだしさ」


「! ……なるほど、その手がありましたか」

「さすがです、ご主人様」


 そうしましょう、と嬉しそうに即決する姫路。2人してレジに並び、肉まんとあんまんを1つずつ購入して店外へ出る。


 お目当ての場所はすぐ近くの公園にあるベンチだった。


「は、むっ……」

「……♪」

「あんまん、甘くて美味しいです。たまには買い食いも悪くないですね」


「ああ」

「こっちも熱々で美味いぞ、姫路。肉汁が溢れてくるっていうか」


 包み紙をめくりながら一心に食べる。中華まんという食べ物はそもそも非常に美味しいのだが、寒い中で食べると本当に格別だ。冬の下校時に寄り道して食べるものとしては最強クラスの一品だろう。


 ――が、


(あれ? でも、これって……)


 今になってようやく気付く。


 両方買って分け合えばいい――と、そんな提案をしたのは確かに俺だ。それは、今からこの肉まんを姫路に渡し、代わりに姫路のあんまんを貰うということに他ならない。そして当然、中華まんを食べるのにはしやフォークなんか使わない。


(……間接キス、じゃないか?)


 微かに自分の体温が上がったのが分かる。


 あまり気にするようなことじゃないかもしれないが、それは――……


「……ご主人様は、嫌ですか?」


「!」


 と。


 そこで、隣に座る姫路が不意にそんな問いを投げ掛けてきた。あんまんを両手に持ち、白い息を吐きながら微かに頬を染めた姫路。少しばかり照れたあおの瞳は真っ直ぐ俺に向けられている。


「わたしは、全く嫌ではありませんが」

「もし間接キ――食べかけが気になるようでしたら、もう片方は明日の楽しみに取っておくのもいいかもしれません」


「あ、いや……そういうわけじゃないって」

「俺から言い出したことだし」


 全力で首を振り、半分食べた肉まんを差し出す俺。


「……ふふっ」

「それなら、良かったです」


 安堵に口元を緩めた姫路があんまんを手渡してきて、等価交換が成立する。マフラーに顔を埋めた彼女はしばし手元の肉まんを眺めていたが、やがて「はむっ」と唇を触れさせた。


「…………」


 俺もまた、その傍らであんまんを食べ始める。


(甘い……ような??)


 ドキドキと高鳴る心音のせいで、味はあまり分からなかった。

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