チーム英明2―Aの勉強会

 期末総力戦を終え、色々なことに決着がついた後の春休み。


 俺は、何もかもから解放されてのんびりと羽を休めていた――というわけには、残念ながらいかなかった。


『これは……さすがに、由々ゆゆしき問題ですね』


 数日前に姫路ひめじが遠い目をしていたのをよく覚えている。


 由々しき問題というのは、他でもない。俺の学習状況がかんばしくなさすぎる点についてのことだ。4月に学園島アカデミーへ越してきて以来、偽りの7ツ星として大型イベントに参加し続けてきた俺は学業の方がどんどんおろそかになっている。……まあ、それを言うなら姫路も同じなのだが、基礎の違いというやつだろう。そろそろ一夜漬けではどうにもならない領域レベルに差し掛かりつつある。


 と、いうわけで。


「――そんな篠原しのはらくんのために、委員長である私が一肌脱ごうと思って!」


「ボクはそのサポートって感じかな」


 学園島四番区駅前、某ファミレスの片隅――。


 貴重な春休みの1日を割いて〝勉強会〟を開いてくれたのは、英明学園2―Aのお馴染みメンバーこと多々良楓花たたらふうか辻友紀つじゆうきだった。俺が学園島に来て真っ先に親しくなった2人であり、普段から何かと仲良くしている。


 気張る必要のない純粋な友達、というやつだ。


「悪いな、2人とも……」


 とにもかくにも、嘆息交じりに頭をく俺。


「テストのときは対策してるんだけど、全体的に授業内容が抜けててさ」


「ううん! 全然、ちっとも、全くもって悪くないよ篠原くんっ!」


 ぶんぶん、と背中のポニーテールを左右に揺らしながら、対面に座る多々良が全力で俺の謝罪を否定する。


「だって篠原くんは英明学園わたしたちの代表として《決闘ゲーム》を戦ってくれてたんだもん」

「それなら、学校生活の部分を支えるのは私たちクラスメイトの務め!」

「っていうかむしろ、頼ってくれないと寂しいよ~!」


「そうそう」


 多々良の言葉を受けて小さく肩を竦める辻。


「多々良さん、篠原くんに何か恩返ししなきゃってずっと悩んでたんだから」


「……そうだったのか?」


「うん」

「ちなみに、最初の案は〝オリジナル感謝ソングのプレゼント〟だったよ」


「い、言わないでよ~辻くん!」

「あれはちょっと迷走しただけで……」


「ちょっと……?」

「他にも〝クラスみんなで胴上げ〟とか〝第2のメイド大作戦〟とか色々聞かされたような記憶があるんだけど、ボク」


「そっちは結構『アリかも』って思ってるけど」

「でも……やっぱり、私は〝委員長として〟 篠原くんの役に立ちたいなって思って!」


 ぽむ、と眩しいくらい明るい笑顔で胸を叩く多々良。……姫路に対してはどうなんだ、という疑問がないではないが、この2人はそもそも大の仲良しだ。こんな場を設けるまでもなくお礼くらい済ませているんだろう。


「頼りになるな、そいつは」


 そんなこんなで勉強会は始まった。


 多々良と辻は、2人も非常に成績が良い――もちろん、俺の付き添いとして右隣に座っている姫路もだ。よってこのテーブルには合計3人もの〝先生〟がいることになり、勉強効率はとびっきり高くなっている。


 たとえば、


「古文読解は主語をはっきりさせると読みやすいんだよ、篠原くん! このシーンならまずは話し手と聞き手に線を引いちゃって、それから~……」


 たとえば、


「力学の序盤は公式暗記じゃなくてじっくり性質を理解した方がいいかもね。ここって波動にも電磁気にも応用されちゃうから、時間を掛ける価値はあると~……」


 たとえば、


「整数の証明問題は一見複雑に見えますが、いくつかのパターンを押さえておけばテストで困ることはありません。まず、ご主人様が解いている問題の場合は~……」


 ……エトセトラ、エトセトラ。


 多々良も辻も姫路も〝教えるのが好き&得意〟な部類だからだろう。苦手な勉強をしているというのに、ほとんどストレスなく進んでいく。


「ん……」

「それじゃ多々良、これはどうやって考えればいいんだ?」


「ん~?」

「どこどこ、篠原くん?」


 再びペンが止まった俺の問いに、テーブルの対面からひょいっと身を乗り出すような格好で顔を近付けてくる多々良。


「っ……!」


 その拍子に、目測を誤ったのか距離が縮まり過ぎ、額と額が軽く触れ合う――不意打ち気味の急接近にドキリとするものの、とはいえ多々良は普段から人との距離が近いタイプだ。フランクな性格で、男子の友達だって普通に多い。


(このくらいは自然ってことだよな……)


 誤魔化すように首を振る俺。


「……ん?」


 が――そこで異変に気が付いた。文字通り目と鼻の先にいる多々良が、身を乗り出したまま硬直している。ほんの少し照れたように頬を赤らめて、緊張気味にこくんと息を呑んでは黙りこくっている


「えっと……どうした、多々良?」


「わ!」

「え、えっと、えっと……な、何でもないよ、篠原くん!」

「ちょっとビックリしちゃっただけ!」


 パタパタと身体の前で両手を振って、それから何でもなかったかのように授業を再開する多々良。対する俺は、わずかに首を傾げながらも講義に集中する。


「全く、ご主人様は……」


 そんな俺の隣では、姫路が何故か呆れたような溜め息を吐いていた。

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