ほろ酔い(?)モードの女帝

「……あによ、篠原しのはら

「もっと飲みなさいよ……グラス、いてるじゃない」

「むぅ……んむ、む……」


「……大丈夫か、彩園寺さいおんじ?」


 学園島アカデミー三番区と四番区の境にある隠れ家的な喫茶店。


 特大の嘘を抱える俺と彩園寺が普段から〝密会〟に使っているその場所で、対面に座る桜花おうかの《女帝》がいつもとは全く違う様子を見せていた。


 ぽーっと赤くなった頬に首筋、とろんと眠たげな瞳、呂律ろれつの回らない舌。 


 端的に言えば、っている。


(ったく……)


 それは、俺たちが密会にかこつけて未成年飲酒をかましているから――というわけでは、もちろんない。


 客足がまるで見えない謎の喫茶店に突如として現れた新メニュー・ウイスキーボンボン。


 洋酒を使ったお洒落なチョコレート菓子(馴染みのウエイトレスに勧められた)を愚痴会のツマミに選んでみたところ、早々に酔いが回ってしまったようだ。


 皿に残っていた最後のチョコをまみ上げ、改めて匂いをいでみる。


「確かに、結構キツい匂いだもんな……」

「お酒の強さなんか知らないけど、普通にくらっとするっていうか」


「……べつに、酔ってないわよ」

「そもそもお菓子なんかで酔うわけないじゃない」

「っていうか、篠原。……それ、あたしの」


「え。……な!?!??」


 一瞬、何が起こったか分からなかった。


 いつもとは違う舌っ足らずな口調で言葉を紡いでいた彩園寺。彼女は不意に両手をテーブルに突いたかと思うと大きく身体を乗り出して、そのまま整った顔をこちらへ近付けてくる。


 さらりと流れ落ちる豪奢な赤の髪、とろんと揺れる紅玉ルビーの瞳。


 そうして彩園寺は、はむっ……と俺の指から直接チョコレートを口に含んだ。


「ぁむ。……あまいわ」


 ちろ、っと舌先で唇を舐める彩園寺。テーブルの上に大きく身を乗り出したままだから、睫毛まつげの1本1本が識別できるくらい、吐息が掛かるくらい目と鼻の先に彼女の顔がある。ぽーっとした彩園寺は、何の違和感も持っていないようだ。


 甘い声音が紡がれる。


「篠原も、たべた?」


「あ、ああ、まあいくつかは……」


「いくつかじゃダメ」

「もっと、いっぱい食べなきゃ大きくなれないわ」


「いや、でも……もう残ってないからさ」


 最後の1つは、いま彩園寺が食べたものだ。


「……そっか」


 それに気付いた彩園寺は、得心の声と共にこくんと1つ頷いた。そうして彼女は微かに熱っぽい瞳を改めてこちらへ向ける。


「……ねえ、篠原」

「味だけなら、まだ〝ここ〟に残ってるんだけど……」

「どうする?」


「っ……」


 普段の彩園寺なら有り得ない、蠱惑的こわくてきで妖艶な問い。


 対する俺は、どっどっと高鳴る心臓を抑えるのに必死で。


 そして――


「……くぅ」


「!」

「ね……寝るのかよ、おい」


 テーブルの上で脱力した彩園寺の肩を抱き留めて、思わず溜め息を吐く俺。



 ……ちなみに。


 それから約1時間後、ようやく目覚めた彩園寺が数々の痴態を思い出し、真っ赤な顔で『忘れて! わ、忘れなさい!』と連呼していたのは言うまでもない。

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