お化け屋敷に舞い降りし魔界の王

「次は、次はねお兄ちゃん!」

「――お化け屋敷、行ってみたい!」


 休日。


 俺は、ゴスロリドレスの中二病少女――椎名紬しいなつむぎと遊園地を訪れていた。 


 姫路ひめじは《カンパニー》関連の外せない用事があるとのことで、午後から合流する予定。つまり、今は珍しく俺と椎名の2人きりだ。


「……お化け屋敷?」


 くいくい、とねだるように手を引かれながら鸚鵡おうむ返しに尋ねる俺。


「いいけど……ここのお化け屋敷、かなり怖いって評判なんだよな」

「苦手だったりしないか?」


「ぜーんぜん!」


 さらさらの黒髪を左右に揺らして、ケルベロスのぬいぐるみ(名をロイドという)を抱いた椎名が得意げに胸を張る。


「だってわたし、魔界の王様だよ? 幽霊もお化けもゾンビも妖怪も、みーんなわたしの手下だもん!」

「ちゃんと言うこと聞いてくれるはず!」


「なるほど……」

(お化け屋敷の仕掛けは〝人〟が動かしてるんだけど……まあ、大丈夫か)


 そんなこんなで、次なる目的地をお化け屋敷に設定する俺と椎名。



 そして、数十分後――



「うぴゃぁああああああ!」


 ――……お化け屋敷の暗がりに、椎名の鮮烈な悲鳴がとどろいていた。


「何あれ何あれ!? 赤い手、血まみれの真っ赤な手が追いかけてくる~!」

「わ、わたしがご主人様だよ! めっ!」

「……うにゃぁあ! ぴとってした、ぴとってした!」

「! いま、何か変な声が聞こえて……わひゃぁあああああ~!!」


 経路ルートの冒頭から全ての仕掛けに仰天し、叫んだり抵抗したりと全力でリアクションを取る椎名。理想的な客にお化けの方もテンションが上がっているのか、サービス精神たっぷりに次々と驚かしてくれる。


 最初のうちは手を繋いでいるだけだったが、徐々にすがり付かれるようになって。


 今となっては、ロイド越しに抱き着かれているような格好だ。


「うぅ~……ごめんね、お兄ちゃん」


「……いや?」

「お化け屋敷なんだから、怖がるのが正解だよ」


 苦笑と共にそう言って、さらさらの黒髪にポンと手を置いてやる俺。


「でもまあ、ルート的にはもうすぐ終わりだから」

「そのままくっついてろよ、椎名」


「うん……」

「わたしのこと……守ってくれる、おにいちゃん?」


 うるうる、と潤んだ瞳で見上げてくる椎名。


(う……)


 相変わらず、とんでもない勢いで庇護欲をくすぐってくる少女だ。舌っ足らずな声音、ひしっと袖を掴んでくる小さな手も可愛らしい。


 まあ、とにもかくにも――予想通り、お化け屋敷は間もなく終わりを迎えて。


「こ、こ、怖かった~!」


 明るい陽の光を浴びながら、ゴスロリドレスの椎名がうんと大きく伸びをした。


「もしかしたら、魔界よりずっと怖いかも!?」

「わたしの【魔眼】が効かないなんて……むむむ、びっくりだよ」


「確かに、めちゃくちゃクオリティ高かったな」

「……次は、どうする? 疲れただろうし、ちょっと休むか?」


「ん~……」


 俺の問いを受けてしばし考え込む椎名。見ているのは傍らの園内マップ――だが、漆黒と深紅のオッドアイは先ほど出たばかりのお化け屋敷をちらちらと何度も窺っている。


 そして、やっぱり我慢できなくなったんだろう――。


 改めて俺の手を取った椎名は、ワクワクに満ちた無邪気な口調でこう言った。


「もう一回、行きたい!」

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