暖房の代わりに?

『お兄ちゃん、SOS!』


 ――椎名しいなからそんなメッセージが届いたのは、とある冬の日のことだった。


 さっそく折り返しの電話で簡単に事情を聞き、現場(普段から椎名が入り浸っている加賀谷かがやさんの家だ)へ急行。俺の端末でも電子ロックが解除できるようになっているため、インターホンも鳴らさずに室内へ立ち入る。


 そうして、俺は。


「い~~~~や~~~~~だ~~~~~~~!」

「お布団の中から出るなんておねーさんには絶対ムリ! このまま春が来るまで待つのが大正義ジャスティスだよん!」

「ヒロきゅんに襲われたって毛布だけは死守するんだからぁ!」


「……いや、いやいやいや」


 何枚もの毛布やタオルケットで即席の要塞を構築し、その中に埋もれたジャージ姿の女性――加賀谷さんの前で、すっかり途方に暮れていた。


「ったく……SOSが出るのも納得だな」

「いつからこうなんだ、椎名?」


「う~んと……昨日の朝とか?」


「え」

「……飯とか、ちゃんと食ってるか?」


「えっへん、大丈夫だよお兄ちゃん! お姉ちゃんがい~っぱい出前頼んでくれるから」

「デザートも食べ放題だもん。……じゅるり、えへへぇ」


 使い魔(ケルベロスのぬいぐるみ)を抱きながらふにゃりと頬を緩ませるゴスロリ中学生・椎名つむぎ。漆黒と深紅に輝く【魔眼】を持つ魔界の王もやはりスイーツには勝てないらしい。


「でも、お姉ちゃんがずっと遊んでくれないから……ちょっと、寂しくて」

「しゅん……」


「う!」

「ち、違うんだよん、ツムツム~! お布団の中でなら何時間でもゲームしてあげるけど、暖房が壊れちゃってるから……おねーさんに外の世界は寒すぎるの!」


「あー……なるほど、それで」


 やけに寒いと思ったが、空調が切れていたらしい。だとしたらベッドの中に籠もっているのも分からないではない……が、それにも限度はある。


(とはいえ、強引に引っ張り出すのもなぁ……)


 常にジャージ姿で髪がボサボサの残念美人こと加賀谷さん。ほとんど家族に近い感覚だが、とはいえ容姿だけなら抜群に綺麗なお姉さんなのだ。ベッドに乗り込んで身体に触れるのは色々と良くない。


「こういうのはどうですか、加賀谷さん」


 だから俺は、物理ではなく言葉で攻めることにした。


「たとえば……暖房が利かない代わりに、めちゃくちゃ厚着して過ごすとか」


学園島アカデミーの冬を舐めちゃダメだよ、ヒロきゅん!」

「おねーさんなんかあっという間に凍えちゃうんだから」


「じゃあ、布団を羽織ったまま過ごすとか」


「うぅ……もう一歩! それだと前が寒いじゃんか!」


「まあ、確かに……」

「それなら、ずっと椎名に抱き着いておくとか?」


「!」

「そ、そ……それだ~~~~!!!!!」


「ふにゃむ!?」


 瞬間。


 大量の布団を羽織ったままベッドから出た加賀谷さんが、近くにいた椎名に後ろからがばっと抱き着いた。いわゆる二人羽織ににんばおりのような格好。愛しげに抱きすくめられた椎名がさらりと綺麗な黒髪を揺らす。


「わ、わわ……お姉ちゃん?」


「むふ~……」

「ツムツム、お布団より温かいかも……これなら一緒にゲームできるねん」


「ほんと!?」

「やった~! お姉ちゃん、大好き!!」


 加賀谷さんと一体化(?)した状態でニコニコと上機嫌になる椎名。不思議な光景ではあるが……まあ、二人が良いなら良しとしよう。


 ――と、その時。


「……にひひ」


 不意に加賀谷さんが悪戯っぽい笑みを浮かべた。両手でぷにぷにと椎名の頬をつついた彼女は、そのままニヤニヤと上目遣いに俺を見る。


「ヒロきゅんヒロきゅん、寒いでしょ」

「おねーさんと一緒にツムツムのこと抱っこしてみる?」


「へ?」

「や、それは……ほら、椎名が」


「ほえ?」

「お兄ちゃんなら全然いいよ? ……はい、どーぞ!」


「っ!?」


 相棒のロイドを傍らのテーブルに乗せ、両手をこちらへ伸ばしてくる椎名。……加賀谷さんに抱き締められているためか微かに上気した頬、一生懸命に手入れされた可愛らしいゴスロリドレス。


 確かに温かいのかもしれないが。


「お、俺は……えっと、その」

「……ちょっと、今日は遠慮しておこうかな」


 さすがに日和ひよってしまう俺だった。

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