第44話失った後の未来
兄を亡くした細波に、俺達はどのように声をかければいいのか分からなかった。
細波が大事そうに抱いていた兄の頭は、マンションの部屋に置いてきている。今の時間軸ならば、葬儀屋を呼んで十分に弔いが出来るだろう。
それでも、兄を失った細波の心の穴は一生埋まることはない。家族を失った経験がある俺と落葉は、それをよく知っている。だからこそ、細波に声をかけることが出来なかったのだ。
言葉なんて無駄なのだ。
傷は流れる時間でしか癒やすことは出来ない。
「なぁ、お前たちに子供が生まれたら兄さんの名前を付けてくれよ。兄さんの名前は、雪っていうから男の子でも女の子にでも使えるぞ」
マンションから離れてから、そんなことを細波は言い出した。俺は、呆気にとられてしまう。今の細波と同じようなことを毎回言ってきた落ち葉だって、驚いているようだ。
「おい、いきなりなにを言い出したんだよ」
細波まで、いつもの落葉のようにおかしくなったのだと思った。けれども、細波は俺の問いかけには答えない。綺麗な顔で、儚げに微笑むばかりだ。
「そうね。可愛い響きだから、ちょうどいいわもね」
さっきまで細波の言葉に驚いたはずの落葉が、悪乗りしはじめる。俺は、頭痛がしてきた。
俺と落葉は、まだ結婚するとも言っていない。子供を作るかどうかの話もしていない。
全ては未来の話で、何も決まっていないというのに。
ああ、そうか。
だからこそ、こんな話を細波はしたかったのか。過去に戻るのではなくて、未来に進みたかったのか。
「おいおい、あんまり馬鹿なこというなよ。とりあえず、これからは阿久津さんの会社を盛り立てていって——……」
俺たちは、三人で未来の話をする。
もう時間は巻き戻らない。
たった一度の時間を愛する仲間や家族と共に過ごすために、生き延びなければならない。
「細波、落葉。これからも、よろしく頼むぞ」
俺達は、三人で進む。
これからも変わらずに進んで、生き延び続けてやるのだ。
モンスターが出現した地獄の時代は繰り返す 落花生 @rakkasei
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