第23話実母への復讐心の理由
荒れ果てた町で、ワンピース姿の少女が泣いていた。モンスターによって壊された民家の前で泣いていたので、その家の住民なのかもしれない。
可哀そうに、と警察官は思った。
まだまだ年若い少女は、中学生ぐらいに思えた。親兄弟が恋しい年頃であるが、家族を助けることが出来ない自分の無力さのせいで泣いているのかもしれない。あるいは、家が崩壊したことで行く当てがなくなってしまったのか。
モンスターの襲撃が突如として終了して、数時間が経過していた。未だに人々は恐怖に震え、次の襲来があるのではないかと恐れている。街の家々も壊されたものが多く、食い殺された死体すらも葬られてはいなかった。
そんなときだからこそ、街の警邏に警察官は力を入れていた。彼らの役割は、非常時の治安を守るだけではない。
途方に暮れた人々の話を聞き、家族を亡くした子どもの保護をした。モンスターに襲われて事切れた遺体の尊厳を守るために、遺体袋を用意したりと草の根運動を行っていたのだ。
すでに自衛隊は出動し、場所によってはモンスターの討伐を成功させた地域もある。しかし、逆に手酷い被害を受けた地域もあった。彼らも住民の避難や安全確保を担っていたが、何よりもモンスターという敵の対応と対策に追われている。
次の襲来が、近いうちにある。
それは口にこそ出さないが、人々の共通認識であった。それでも、復興のために立ち上がらなければならない。
人類は、モンスターなんぞに負けられない。そんな想いをこめて、警官は少女に手を差し伸べた。
「君、大丈夫かい?」
少女は、顔を上げて警察官を見つめた。
その美しさに警察官は一瞬だけ目を奪われ
「拳銃をよこせ!」
警官は、少女にしてみれば意外なほど低い声を聞いた。けれども、耳に心地よい声だ。
美しい人は声まで天上のものなのかと感動していたら、美少女が襲いかかってきた。そして、可憐な腕からは考えられない——まるで成人男性のような力で警官は締め落とされた。
気絶して倒れた警官の腰を躊躇なく弄るのは、少女の変装をした細波であった。
宗教施設にあった女性の服を身にまとっているせいで、いまは可憐な少女にしか見えない。一つ一つの仕草の粗暴さが、唯一の少年らしさと言える。
人並み外れた美貌と『道端で泣いているのは女性であろう』という警察官の思い込みせいもあって、細波は無事に身を守る武器を手に入れたのである。
善良なお巡りさんに危害を加えたことに、細波だって良心が痛まないわけではない。それでも、どうしても自分には拳銃が必要だった。
「……念のために手錠で両手を拘束しておくか?いや、持っておいた方がいいか」
警察官の腰に手錠もあったので、ありがたく頂戴しておくことにした。無論、鍵の回収も忘れない。
手錠は人間相手に使う物なので、出来れば使いたくはない。だが、細波は自分の美貌というものを理解していた。
成長して成人男性になったら、美しい顔立ちは王子に例えられた。しかし、幼くなったせいで細波は少女のような面差しになってしまっているのである。この顔のせいで巻き込まれた過去のトラブルを思い出してみれば、手錠ぐらいは持っていて損はなかった。
「細波、何やっているんですか!」
隠れていてもらっていた雪が姿を現した。近くに男性がいると相手も必要以上に油断はしないので、雪の存在は邪魔だったのだ。しかし、兄は自分から離れようともしないので、仕方がなく隠れてもらっていた。
しかし、思った以上に雪の拒否反応が強い。宗教施設の人間を皆殺しにしたとは思えないほど、雪は細波の凶行に拒否感を持っていた。雪の倫理観のなかでは人殺しは良くて、警官の強襲は駄目らしい。
「警察の人を気絶させて拳銃を奪うだなんて、お兄ちゃんは聞いていませんよ!!」
細波が幼かった頃に使っていた『お兄ちゃん』という一人称を口にしはじめた雪は、気絶した警官と細波を見比べて焦っていた。
考えてみるに、雪にとって細波は「自分よりも弱い可愛い弟」なわけだ。そんな弟が、警察官を襲って銃を奪ったら慌てるだろう。自分はどうなってもいいが、弟には手を汚してもらいたくはないという気持ちもあるのかもしれない。
「仕方ないだろ。俺は誰かと違って、体術や剣術に優れているわけではないんだ。武器を使わないと身も守れない」
細波は、自分のことを良く知っている。知っているからこそ、生死がかかっている場面では冒険はしたくない。
「あいつらみたいには、なれないんだ……」
縁と落葉なら自分立ちの身体能力で窮地を脱することが出来るかもしれないが、そこまでの肉体的な強さが細波にはない。あるのは、銃の腕前だけだ。
「モンスターが怖いなら、私が守ります。だから、お巡りさんに銃を返して下さい。……今となっては、細波だけが唯一の家族なんです。警察に掴まって離れ離れなんて、ごめんです」
やはり、雪は細波の身しか案じていない。細波のために自分が手を汚すことには、後悔も悔いもないようであった。
本来ならば、手に入れた手錠は兄に使うべきなのかもしれない。雪は、一般人には危ない存在になりはてた。このような存在にこそ、手錠は必要なのだ。
でも、ダメだ。
家族に手錠なんてかけられない。
「俺は、唯一の家族じゃないだろ。母さんだっている」
母のことを口にしたのは失敗かもしれない、と細波は思った。雪は実母を殺したいと心の底から願っているのだから、母も家族だと言っておたら殴られてもおかしくはないのだ。ましてや、今の雪の精神状態は不安定だ。細波であっても、雪は殺すのかもしれない。
「あなたが優しいのは知っていますよ。だからこそ、あの女を家族だとは言わないでください。それは、私にとって悲しいことです」
雪は、細波の頭をかき抱いた。
兄の温もりの中で、細波は狂ったとしても兄は自分を殺さないのだろうと確信する。
元より細波を助けるために魔族と取り引きをして、細波を傷つけないための手段も考えていた人である。そこまで大切なものは、狂ったとしても傷つけないのであろう。
雪は、血の繋がらない義弟に対して献身的だ。そして、母が宗教にのめり込んだことに対して必要以上の負い目を感じてもいた。
細波は、雪は母の至らないところを補おうとしていたのではないかと思う。その一環が、血の繋がらない弟を昔から溺愛することなのだ。
だからこそ、昔から雪は細波を可愛がってくれた。それこそ目に入れても痛くないほどの溺愛ぶりであった。
雪の細波への溺愛という形での贖罪は、母が義弟を殺す形で裏切られた。その衝撃は、雪にとってはどれだけのものだっただろうか。細波には、想像すら出来ないほどの衝撃であったことであろう。
血が繋がっているが故に、雪は母の行いを許せないのだ。その怒りのせいで、雪は不安定になってしまったのだ。
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