第24話家族と離れないために


 以前の時間軸では、宗教施設で雪は実母を殺した。


「あの時は……。俺は、結局は逃げたんだ」


 雪に聞こえないように、細波は小さく呟いた。前の時間軸では、何が起こったのかが分からなかった。分からないままに雪に抱きしめられて、母の死体の前で事情を聞かされた。


 細波は暴れまわり、雪の腕の中から逃げ出そうとした。それでも、兄は細波を逃がすことはなかった。自分も殺されると思ったが、雪は決して細波を殺すことはなかった。


 けれども、耐え切れなかったのだ。


 人の死に慣れていなかった以前の細波には、雪のことが異形の悪魔に思えてしまった。もはや、兄と一緒にはいられなかったのだ。だから、隙を見て逃げ出したのである。


 その後、兄は魔族と最後の取引をして体を乗っ取られた。


 雪が行った取引は


『死んだ細波の時間が巻き戻ること』


『実母を殺せるだけの力を授けること』


『細波を傷つけないこと』だと考えられる。


 前の時間軸では、細波が魔族と化した雪のせいで自殺をしたので時間が巻き戻った。最後の取り引きは、雪が魔族になっても有効だった。


 魔族の言動や雪に傷つけられた記憶がないことから、三番目の『細波を傷つけないこと』については雪が願った時点で取り引きが終了したものだと思われる。


 このように取り引きを解釈すれば、魔族は二つの取引のみを実質成就させるだけで雪の体を乗っ取ることが出来たのだ。


 その時は魔族は得をしたと思ったのかもしれないが、今になって時間が巻き戻っているのだから雪の中で地団太を踏んでいるのかもしれない。


 ざまぁみろ、と細波は思った。


 細波は、自分は復活などしなくてよかった。雪には、昔のままでいて欲しかったのだ。復習に燃えるような兄でないものであってほしかった。それだけが、弟の願いだ。


『実母を殺せるだけの力を授けること』なんて、自分の力で復讐を果たそうとする取り引きなんてしない兄でいて欲しかった。


 しかし、今回は希望がある。


 雪の最後の二番目の取り引きである『実母を殺させるだけの力を授けること』は、母が死ななければ取り引き終了とはならないようだ。


 実際に実母を殺さなければ、授けた力が相応しい威力であったのか証明できないからであろうか。真偽は不明だが、これは細波にとっては大きなチャンスであった。


 兄は、母を殺さない限りは魔族に体を乗っ取られない。つまり、細波は兄から母を守る必要があった。


「俺にとっても兄さんは家族なんだ。だから、離れ離れにならないために……これが必要なんだ」


 迫りくるモンスターの脅威から逃れるため。


 兄の母殺しを妨害するためにも、細波には銃が必要だった。


「細波、なにか言いましたか?」


 雪の言葉に、細波は首を横に振った。


「俺は自分の身をモンスターから守るためにも、銃が必要なんだ。だから、これだけは持たせてこれ。これは、俺と兄さんが離れ離れにならないための希望だ」


 細波の言葉に、雪は少しばかり戸惑いながらも頷いた。自分と離れないためと言われたら、了承するしかなかったのであろう。


 兄から武器の所有を許された細波は、銃の確認を始める。さすがに現役の警察官が持っていただけあって、手入れはしっかりされていた。


 我儘をいうならば、残弾が少ない事だけが不満だ。この時代の警察官が弾を何十発を持っているはずもないのだが、分かっていても不満と不安を感じてしまう。


 一方で、雪は細波が鮮やかな手際で銃を確認していたことに驚いていた。日本では銃なんて扱う機会などない。だが、細波の手つきは経験者のそれである。


「そんなこと、何処で覚えたのですか?」


 驚く兄には、さすがに実地で覚えたとは言えない。仕方がないので、漫画とゲームだと細波は答えておいた。苦しい言い訳だが雪は納得しかけて


「いや、あなたはシューティングゲームが苦手だったはずですよ!得意なのは、パズルゲームだったでしょうが!!」


 と自分でも忘れていた得意不得手を持ち出されてツッコまれた。


 子供の頃のシューティングゲームの下手さを思い出して、細波は思わず言いよどむ。他に言い訳が見つからなかったが必死になって考えて、「海外ドラマで学んだ」という苦しい言い訳で通したのだった



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