第25話タイムリープしたら社長が変人になっていた件



 俺達が連れてこられた会社は、オフィス街の片隅にあった。立地条件としては、そこまで良くはないと思われる。少なくとも一等地とは言えないが、自社ビルを有しているということは会社としての規模は大きい方なのだろう。一葉は支社もあると言っていた。


「銃で会社が大きくなったと思ったけども……。それなりに、最初から大きかったんだな」


 俺の呟きに、どこか哀愁がある顔で「ふっ……」一葉と落葉は笑った。普通だったら自慢するようなことだと思うのだが、二人の顔色は冴えない。何があったというのだろうか。


「どうしたんだよ。すごいことだろ?」


 俺の言葉に、落葉は悩みだす。


 そして、決意を決めたように話しだした。


「たしかに、お父さんはすごい人よ。一代で会社を興して、色々なヒット商品を生み出しているわ。根がアイデアマンなのね」


 すごい人ではないか。


 落葉の言葉に、一葉は頷く。


「前にも言ったと思うが、阿久津の時流を読む力はすごい。時代が求めているものを外さない。だが、時代があいつの人格と性格を求めていない。俺は少なくとも求めていない」


 酷い言われようだった。


 とてもでもないが、社長になる人物の評価とは思えない。というか、本当に俺の知っている社長と同一人物の評価なのだろうか。途中から影武者と入れ替わっていたというオチではないのだろうか。


「落葉の父親の名前は、阿久津か……。たしかに、落葉の名前とはちっとも似ていないな」


 名前の響きだけだったら、落葉は実父よりも一葉との血の繋がりを感じてしまう。阿久津が一葉から名前を取ったというのは、本当のことらしい。


「落葉、一葉!無事だって信じてだぞ!!」


 俺たちが会社に入った途端に、若き日の社長――阿久津に俺は抱きしめられた。目を白黒するしかない俺だったが、誰も助けてはくれない。会社には社員もいたが、阿久津の行動を遠巻きに見ているだけである。


「心配していたんだ。いたるところでモンスターは出るし。一葉がいてくれなかったら、ここも危なくて……」


 阿久津は、俺の顔をようやく見た。


「……だれ?」


 自分から抱きついておいて、それはないだろう。阿久津にとっては、俺は初対面の人間だが。


「お父さん。そっちは縁。私は、こっちよ」


 呆れかえっている落葉を見つけて、阿久津は隣にいた一葉ごと娘を抱擁する。二人ともなれているらしい。そろって遠い目をしていた。


 阿久津の性格が前の時間軸と違いすぎて、俺は身震いした。成人した娘と小学生の娘への接し方が違うのは当たり前なのだが、前の時間軸の公私混同を避ける厳しい経営者のイメージが崩れていく。あと、若いせいなのか社長のテンションが高すぎる。


「もしかして、アレって一輪の華麗の花についた害虫なのか?」


 一方的な感動の再会を終わらせた阿久津は、俺を指さした。事情を知らないはずなのに、どうしてか鋭い。


 これが時流を読むという社長の力なのだろうか。だが、その力を今の俺は求めていない。一葉と落葉が言いたかったことが、なんとなくだが分かってしまった。


 俺は視線をそらしつつ「いや、まぁ……」となんとも締まらない返事をする。


「阿久津」


 一葉は、阿久津に耳打ちをする。恐らくは、今まであったことを説明していたのだろう。


「一葉……。十円玉から緑青を集めるのを手伝って」


 十円玉に付着する緑の錆(毒物)を何に使いたいのかは聞きたくはない。一葉は、阿久津の鳩尾に拳をのめりこませた。


 武道の達人の攻撃に、一般人の阿久津は吹き飛んだ。そして、吹き飛んだ先で嘔吐した。


「複雑な事情があるんだ。少し耳を貸せ」


 一葉は、時間が巻き戻ったことを阿久津に伝えているらしい。落葉は俺との関係を隠さないだろうから、下手に秘密にしない方が良いと考えたのだろう。実にありがたい配慮である。


「あれ?」


 前の時間軸の社長の性格が、今の一葉と少し似ているような気がする。一葉が大人としての当たり前の常識を持っているだけなのかもしれないが。


「お父様が亡くなってから……本当に色々と大変でね。お父さんも大人にならないといけなかったのよ。それで、一番近くにいたお父様の真似をしていたの」


 落葉の言葉に、俺と充は現在の阿久津を見た。


「嫌だぁ。可愛い娘が小学生にして、将来の恋人を連れてくるなんて……」


 吐きながらもメソメソと泣いている社長の姿に、周囲の社員も困り始めていた。こんな人でも、前の時間軸では立派な社長になっていた。よっぽど苦労したのだろう


「今は、それよりも今後の話をするぞ。お前としては、会社のこれからを考えているんだろう?」


 一葉の言葉に、阿久津は目を見開いて俺の方を見た。


 さっきまでの感情をむき出しにした表情ではなく、俺という異分子を観察するための目なのだろう。瞳孔まで開いていそうで、真夜中の猫の目に似すぎていては怖い。


「これからも……モンスターの襲撃は続く。そして、それは長期化する。予想は出来ていたことだけど……子供が戦うために大人になるのは悲しいものだね」


 予言者のように阿久津は呟き、俺達に社長室で待つように言った。


「ゲロったから着替えのついでに、他の社員たちの意見も聞いてくるよ。その後は……家族の話だ」


 俺と充は、家族の話に同席してもいいのだろうか。少し悩んだが、前の時間軸の話なんて俺ぐらいしか出来ないのだ。邪魔になったら退出しようと気軽に考えた。


 なお、前の時間軸の事すら知らない充は居場所がなくて可愛そうだった。もしかしてだが、充も前の時間軸の記憶を持っていると勘違いされているのだろうか。彼女は同行しているだけなのだが、ありえない話ではない。


「まぁ、話の腰を折るようなことにはならないだろうし」


 今更になって別の場所で待っていてくれとは言いづらいし、気弱な充も俺達と共に行動していた方が安心するだろう。


「一葉さん……」


 男性社員の一人が、一葉に話しかけてくる。


「社長のことは、お手柔らかにお願いします。落葉ちゃんたちが帰ってくるまで受付で仕事はしていましたが……働きぶだけは立派でしたから」


 家族を一番に出迎えたいからこそ受付で仕事をしていたようだが、やりすぎなような気がしてならない。気持ちだけなら分かるのだが。


「社員は、仕事は出来るんです。プライベートが絡むとネジが抜けますが……。会社では、ぎりぎりポンコツにはなっていませんから。ですから、何かをやらかしても頭への攻撃だけはご勘弁ください!これ以上のポンコツになったら、面倒をみきれません」


 これ以上はアホにしないでください、と男性社員は頭を下げた。バカにしているのか、かばっているのか。非常に微妙なところである。


 そして、会社でも十分にポンコツになっていると言っているような気がしてならない。これは、お願いという名の告げ口なのではないないだろうか。


「心配するな。頭部以外にも人体には弱点がある」


 一葉は大丈夫ではなさそうな返答をするが、男性社員の顔は明るくなった。男性社員は、頭部が無事ならば人間は仕事が出来ると思っているのだろうか。


「安心して……。あれでも頭の中身だけは、未来と変わっていないはずだから。本当に、変わっていないはずだから」


 落葉の言葉は、今だけは信用できなかった。

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