第26話国の敵になる覚悟



 社長室だと通された部屋は、一般社員が働く奥のスペースにあった。部屋とは銘打っているが四方はガラス張りで、部屋の端を区切っただけという風に見える。


 想像よりも近代的でお洒落だが、監視されているようで落ち着かない。案内してくれた男性社員が、壁になっているガラスのウィンドカーテンを閉めてくれたのが救いであった。


「すみません。ウチの会社dの社長室は、社長を監視するという意味の部屋なので」


 男性社員の言葉は冗談だろう。


 そう思うことにした。


「待たせたな」


 着替えた阿久津が、社長室から入ってきた。男性社員は一礼して去っていったので、いよいよ本題に入るというところで俺の緊張は……微妙に高まらなかった。


 阿久津が着ているTシャツには『働いたら負けだ』と書かれていたのだ。社長が一番着てはいけない服だろう。


 この服を見た社員たちは、一体何を考えて何を思ったのだろうか。そして、この人には監視が必要だと俺は強く想ってしまった。


「……ほら、困難は人を成長させるから」


 娘が遠い目をしている。


 自分の親の会社に来た子供の眼差しではない。なんだか、落葉のことが可哀そうになってきてしまった。


「まずは、確認するよ。落葉と縁君それに充ちゃんは、未来からやって来たんだってね」


 充だけが、その質問を否定した。


 驚いている一葉と阿久津に、俺は補足説明をする。


「前の時間軸のことを知っているのは、俺と落葉だけだ。充は一般人というか……。ともかく、俺たちは未来ではモンスターと戦う兵士だった」


 俺の告白を聞いて、驚いたのは充だけだった。落葉と俺の戦闘力こともあって、未来の俺達が平穏に過ごせているとは一葉と阿久津は考えてはいなかったらしい。


「君たちが来たことによって未来が変わると思いたいけど……。モンスターについては、最悪な状態になるのは間違いないかな。細かいところが変わったとしても、大きな流れが変わるとは思えないし」


 阿久津は、ため息をついた。


 彼の視線は、壁に掛けられていた時計に向かっている。


「今回、モンスターが地上に三時間だけ現れた。そして、その三時間でこっちは多くの死傷者を出した。倒壊した建物も多い」


 ダンジョンに関しては、今だって軍や自衛隊が見張っているだろう。だが、モンスターの数は多く物量で押し切られてしまうはずだ。


 さらに今回は姿を表していないが、空や海を活動拠点にするモンスターも今後は現れるだろう。そうなれば、人間側は一気に反撃が難しくなる。輸送などに問題が出てくるからだ。島国の日本では、特に不利な戦いを強いられることになる。


 しかも、モンスターたちは、こちらにやってくるだけではない。こちらの世界で、繁殖までしだすのだ。害虫のように湧いてくるモンスターたちは、次々と俺たちの大切なものを奪っていった。


「一部の人間にしか相談していないが、やってみたい事があるんだ。……国産の銃を作りたい」


 一葉と充は、目を見開いた。


 阿久津は民間企業でありながら、法で禁止されている銃器を作りたいと言っているのだ。それは、今後の地獄を予想しての言葉だった。


「モンスターは、世界中に出現しているんだ。すぐに武器の奪い合いになるのは目に見えている。それに、この島国の日本は何をするにも輸入の力が必要になっているのが現状だろ。今はいいけど武器の原材料の奪い合いに負けたら、モンスターに食い殺されるのを待つだけだ」


 一葉は、阿久津の言葉を整理して飲み込もうとしていた。だが、飲み込めきれていない。


 それも、仕方がないことだろう。俺たちは前の時間軸を知っているからこそ、阿久津の考えが成功することを知っている。


 だが、現状では乗り越えなければいけない問題が多すぎる。それぐらいに、国産の銃を作るのは難しいのだ。


「この日本で銃器を作るなんて、正気なのか?バッシングの嵐だぞ。会社の評判だって、絶対に落ちる。なにより、お前は嫌われ者になる覚悟があるのか?」


 一葉の心配は、的をえていた。


 日本人にとっては、銃は身近なものではない。武器の生産など外国に任せておけば良い、と考えている平和な思考回路の人間が集まっている。それは、平時では尊いことであろう。だが、緊急時には話が違ってくる。


 彼らは、武器がなければ戦えないことに実感がないのだ。


 そんな世の中では、モンスターと戦うためだとしても武器を開発すると言えば必ずバッシングをうけるだろう。


 事実、前の時間軸でもそうだった。俺でも知っているぐらいに、阿久津は酷い悪意と誹謗中傷にさらされていた。もしかしたら、暴力的な事件に巻き込まれることもあったかもしれない。


「俺には、覚悟はあるよ。ただし、娘の落葉を巻き込む選択かもしれない。親と子供は、違う人間だと分からない人間が多いからね」


 阿久津は、大きく深呼吸する。


 将来の俺達がモンスターと戦うために、一人の男が大きな決断をした。


「落葉……。お父さんと一緒に、日本中の嫌われ者になってくれるかい?一葉は、万が一のときには落葉のことを頼むよ」


 これから、阿久津は日本中から嫌われる。


 日本の平和を乱した極悪人のように扱われ、銃によって起こってしまった事件の全ての犯人のように扱われる。銃を作って金儲けをするために、モンスターを操って自作自演を行ったとも言われた。


 それでも、阿久津は止まらなかった。


 罵詈雑言に対して平気な顔して、時よりメディアに出演までしていた。全ての悪意が自分に向かうように日本中に顔をさらして、社員が悪意にさらされる事すら防いでいた。彼は自分が広告塔になることによって、日本中の全ての敵意の的になっていたのだ。


「お父さん……。私は、お父さんと一緒に嫌われる。お父さんのためなら、なにも怖くないから」


 落葉は、自分の父たちの手を取った。


 前の時間軸で落葉が財産の生前贈与を受けていたのは、悪意に晒される前に彼女との関係を切る前準備の名残りだったのかもしれない。


 前の時間軸では、落葉は嫌われないことを選択したのだろうか。いや、それは俺が詮索するべきことではないだろう。これは、家族の問題なのだから。


「三人でいられたら、それでいいから。本当に、それだけでいいの……」


 そんなことを言う落葉は、悲しいぐらいに笑顔だった。落葉は、一葉という父親を亡くしたのだ。それに比べたら、日本中に嫌われるなんて些細なことなのだろう。


「政治家やら株主の説得と根回しは、お前のことだから上手くやるんだろうな」


 一葉の言葉に、落葉はピースサインをした。


 交渉ごとに関しては、よっぽど自信があるのだろう。前の時間軸でも、そこら辺の話をしていたような気がする。あの時は、交渉事を請け負えるような部下が育っていないと言っていた。


「……いやいや、絶対に部下は育っていただろ」


 阿久津にどれだけの才能があるのかは分からないが、この社長の下ならば反面教師で良い部下が育ちそうだ。そして、そもそも目の前にいる阿久津が交渉ごとに向いているとは思えない。


 嘘を付きそうな人には見えないから、信用されやすいのだろうか。阿久津ならば操れると考えていたら、逆に操られていたりするのだろうか。


 今の阿久津社長は切れ者というイメージがないから、交渉ごとが得意だとはどうしても思えないのだ。


 しかし、俺の考えに反して阿久津は上機嫌である。くるくると変わる表情は、阿久津という男を若々しく……というか幼く見せた。


 小学生の落葉の親であるから、少なく見積もっても本来の俺の年齢よりも年上のはずなのだ。全く、そうは思えないが。


「人を騙して説得するのは得意だ。今までだって、何度も無茶な融資を実現してきたしな」


 それは、会社が潰れなかった事のほうが凄いような気がする。落葉の話によるとヒット商品を何個も出していたそうなので、それらに助けられていたのかもしれない。


 いや、もう阿久津に関しては、何も考えないようにした方が良い気がしてきた。前の時間軸での俺との会話は、一種のパフォーマンスだったのかもしれない。


 ……そう思うことにしよう。


「自分の部下に、人を殺すかもしれない道具を作らせる覚悟と説得はどうする気だ」


 一葉の言葉に、阿久津から笑顔が消えた。


「それは……どうしてもという人には辞めてもらうしかない。ただし、残る人々には人殺しの道具を作るとは考えてはもらわない。俺達が作るのは、モンスターと戦うための道具だ」


 はっきりとした阿久津の言葉に、一葉は頷いた。最初から、そのように阿久津が言うことが分かっていたような表情だった。


「なら、手を貸すぞ。いつもみたいに嫌々ではなくな」


 力強く言い切る一葉に、阿久津は飛びついた。


「さすがは嫁と俺の幼馴染!器がでっかいなぁ!!」


 一葉は、阿久津の幼馴染だったのか……。


 その真実だけで、一葉の苦労が垣間見えて可哀そうだった。


 抱き着かれることが嫌になった一葉が、阿久津に背負い投げを食らわせた時であった。


 その瞬間、社長室のドアが開かれる。入ってきたのは、社長室に俺たちを案内してくれた男性社員だった。


「大変です!またモンスターが出現しました!!」



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