第27話第二派の襲撃
「前の時間軸では、二度目のモンスターの襲来までにはもっと時間があったのに!」
町を雪と共に走りながら、細波は困惑していた。
ダンジョンからのモンスターの襲撃は、本来ならば日をまたいでいたはずだ。だというのに、その時間が今回は大きくズレている。
「……そもそもが、最初からズレていたのか。母さんが、殺されていなかったし」
本来ならば、あるはずの母の死体が宗教施設にない時点で全てがズレていると疑うべきだったのだ。時間を巻き戻したところで、同じ道筋をたどるとは限らない。
ならば細波がいる場所は純粋な過去というよりは、別の時間軸であると考えた方が自然なのかもしれない。
「だから、前提条件からして少し違っていたのか。なら、母さんが死んでいなかった説明はつくな」
そもそもが、前の時間軸とは違う。
それを意識した瞬間に、細波は寒気を感じた。
自分の考えが正しいのならば、日本製の武器が作られなくなるかもしれない。そうなれば細波のような凡人は戦えなくなり、前の時間軸よりも人が多く死ぬかもしれないのだ。
「武器を作っていたのは、落葉の親の会社だ。落葉に再会できれば、会社の状態は分かると思うけど。
なにより、今の縁と落葉は無事なのだろうか。勝手に無事だと想いこんでいたが、よく考えれば今の彼らは単なる学生なのだ。しかも、落葉に至っては小学生だ。色々と変わってしまっている今回の時間軸では、彼らが生き抜いているかも分からないのである。
「俺が、あいつらを殺したのかもしれない……」
今から二人の学校に確認に行こうかとも考えたが、一度目のモンスターの襲撃から時間が経ちすぎている。生きていたら避難しているし、亡くなっていても大量の死体の中から二人を見つけるのは困難だろう。
「危ない!」
絶望の中にいた細波を狙ったモンスターの頭骨は、雪の斧によってかち割られた。宗教施設の人間たちの命を奪った斧を振るう雪は、地獄の悪鬼のようだった。
手に入れたばかりの武器を使いこなす雪からは、狂気の気配がするのだ。
けれども、その狂気は細波には慣れたものだった。兵として戦っていた者のなかには、ときより雪のような存在がいたからである。
血と脳髄が飛び散る光景と臭いに、細波は瞬時に正気に戻る。自分には考えている余裕などなかったのだ。
「ダメだ……。早く逃げないと」
警官から奪った銃弾は少なく、第二派として出現した多量のモンスターを相手にしている余裕はない。逃げることに集中しなければならないのだ。
「今は考えるな。余計なことを考えていたら俺が死ぬ」
生き延びなければ、兄を魔族にしてしまう。家族を救いたいのに、救えなくなってしまう。それだけは、何とかしなければならない。
別の時間軸に移動したのは、魔族の男のせいで細波が自殺をしたからだ。魔族の男が関わらない死や怪我をしても、今度は時間は巻き戻ることはないだろう。そうなれば、兄を助けることは叶わないのだ。
「母のマンションに行きますよ」
雪の言葉に、細波は唖然とした。
兄の言葉が、信じられなかったのである。多数のモンスターたちに追われているというのに、こんなにも命がけの状況下だと言うのに、雪は母を殺すことしか考えていない。
なのに、家族の思い出がある場所に母がいると思い込んでいる。
居てほしいと思っている。
「兄さんは、母さんのことが結局は好きなんだよ」
自分の父親と再婚するまでは、兄と母は二人っきりの親子であったのである。自分が唯一頼れる人だったのだ。自分を守ってくれる唯一の人だったのだ。
そんな人を嫌いになれるわけがないのである。
その証拠に、狂っていたとしても自分たちの思い出の場所に母がいて欲しいと兄は願っている。それは、母に愛して欲しいということではないのではないかと細波は思うのだ。愛して欲しいと願うのは、愛しているから。
兄は、そんな人を殺そうとしている。
魔族と取り引きしてまで殺そうとしている。
魔族と取り引きをしなければ、殺せるような人ではないというのに。
「もう……止めてくれ」
ぼそり、と細波は言った。
そして、自ら足を止める
「母さんを殺して、なんになるんだよ。俺のために時間を巻き戻して、どうなるんだよ。本当なら、生きていた人間が死んだかもしれないのに……」
細波は、空に向かって銃弾を撃った。清々しいほどに響く発砲音に、頑なに閉じられていた自分の心が開放されたように細波を感じる。自分は、こうしたかったのだと思った。
兄を救いたいのではない。
兄の自分勝手さを後悔させたかったのだ。
「細波……。何を言っているのですか?」
モンスターの返り血を浴びた兄は、不思議そうな顔をしていた。
「時間を巻き戻したのは、兄さんだけじゃないってことだよ」
細波は、笑った。
この世で、一番虚しい笑みだと細波は思った。だって、これから細波は兄が一番悲しむようなことをするのだから。
「俺は、兄さんと契約した魔族の力を利用した。利用して、時間を巻き戻したんだ。それでも、兄さんは、母さんを殺すことしか考えていない。死なないはずの俺の仲間も殺したかもしれない」
モンスターたちは、戦意を喪失した細波を喰らおうとする。これは、自殺ではない。雪のせいでの死でもない。だからこそ、今度は時間が巻き戻る事はない。
雪が、モンスターを斧で屠っていく。
「どういうことなんですか……。説明してください。私には、分からない。私には、あなたのことが分からないんです!」
素人の動きには無駄が多い。時間が経てば経つほどに、雪の体力は消耗していく。雪は荒い呼吸を繰り返しながら、無抵抗な細波を守っていた。
「俺の本来の時間軸では、兄さんは魔族に体を明け渡した。それで、未来の俺と戦った。兄さんは俺の仲間を殺して……。だから、俺は兄さんの身体を持った魔族の前で自殺をしてやったんだよ!!」
あの瞬間は、これしか手がないと思った。
自分の死が、兄の身体を使っている魔族のせいだと判断されたら突破口が開けたかもしれない。同時に、自分は無駄死にするかもしれないと思った。思い返せば、それでもよかったのかもしれない。
「俺は、兄さんのことが好きだよ。でも……それ以上に兄さんのことが理解できない。兄さんが俺を理解できない以上に、俺は兄さんのことを理解できないんだ」
兄は、母に対して復讐心を持たない細波のことを理解できない。
細波は、母に対して殺意を抱く雪のことを理解できない。
「あなたは、いったい何時の細波なのですか?」
モンスターの群れのなかにいたゴブリンが、雪の隙をついてこん棒で殴りかかってこようとした。しかし、雪に当たる前に、細波は精密な射撃でゴブリンの目を撃ち抜く。
その正確無比な腕前は、中学生の子供のものではない。何度も修羅場をかいくぐった兵士のものだった。
「俺は、今の兄さんよりも大人だよ。精神はだけどね」
細波は、狂った兄以上にモンスターを屠ってきた。
時には、人さえも殺してきた。
今では、兄よりも年上になってしまった。
「俺は、兄さんに母さんを殺して欲しくはない。それは、ずっと前からの俺の願いだよ」
これが、最後の兄に示す選択肢だ。
母を殺すのか、細波と共に生きるのか。
「無理ですよ。母は、父さんの病気を治癒することすら願っていなかった。あなたを生贄にしてまで叶えたかった願いは、教祖の復活だったのですよ」
雪は、踊るように斧を振るった。素人の荒々しかった斧使いが、徐々に洗礼されていく。ダンスで女性をリードするかのようにステップは軽かやで、斧を振るう腕はたくましい。
本来ならば開花されることのない虐殺の才能。
その才能を見せながらも、やはり経験のなさは足を引っ張る。今の雪は、気力だけで斧を振るっていた。
「その愚行は、血が繋がっているからこそ許せない」
息を荒くして、雪は実母に対する怒りを吐き出す。その声は、悲しみに震えていた。
「少ないとはいえ、私たちが家族であった時間があったのに。私たちは、幸せな家族であったのに!!その時間のなかで、私は弟と父を愛していたのに。母も、そうだと思っていたのに……」
雪の足が、突如として動かなくなる。
限界まで疲労が溜まったせいで、もはや足は一歩も動けなくなっていた。それどころか、自分の体の重みすら支えられなくなる。倒れていく雪は、絶望の眼差しでモンスターたちを見た。
敵が動かなくなったことに、モンスターたちは雄叫びを上げる。自分立ちの勝利を確信した故の咆哮であった。
「馬鹿みたいだ。母さんと兄さんは、同じような馬鹿なんだ」
銃声を響かせて、細波はオークの関節を撃った。さらに、自分の側にいた鶏に似たモンスターであるコカトリスの頭も撃ち抜く。
「教祖なんてしがみつく母さんだって馬鹿だし、母さんにしがみつく兄さんも馬鹿だ。なんで、生きてる人間を……俺のことを考えてくれないんだよ!!」
何年も溜め込んで、抱えてしまったまま大人になってしまった兄への恨み。細波は、それを吐き出した。
「前の時間軸で自分勝手に母さんを殺した兄さんのためになんか、絶対に戦わないと決めた。勝手しやがって、ざあぁみろ!!」
細波は、叫びながら銃を撃つ。
「俺が時間を巻き戻したのは、仲間のためだ。兄さんのためじゃない。……なのに、兄さんを切り捨てられないんだよ。俺は仲間の安否を確かめるよりも、兄さんを魔族にしないことを一番最初に選んでいた」
魔族との取り引きを果たす前の兄を見た瞬間に、今ならば引き止められるのではないかと思った。その考えは、驕りでしかなかったのだ。
前の時間軸では、子供だったから宗教施設の人間を殺した兄から逃げるしかなかった。しかし、今度は大人の胆力を持っている。だから、兄を止められると思っていたのに。
「俺程度では駄目なんだな。俺程度では……」
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