第28話義兄弟の出会いと別れ


「お母さんの好きな人に、息子さんがいるの」


 全ては、母の告白から始まった。


 父と母との離婚から五年以上が経っており、再婚を連想させるような話しも雪は受け入れる覚悟をしていた。


 若くして雪を産んだ母は、同級生の親よりも圧倒的に美しかった。性格も明るく朗らかだったので、雪や周囲の人々は母が新たな幸せを早々に掴むのだろうと思っていた。


 それに、雪の母親は少しばかり依存しやすい性質であった。若い頃は、付き合っていた男にすっかり入れ込んでしまうところがあったらしい。結婚が早かったのも当然だった。


 けれども、子供を産んで育てていることで母も賢明になっていた。再婚の相手を選ぶことに関しては、何よりも慎重になっていたのである。


 再婚までにかかった五年という月日は、自分の好きな相手が息子の父親にもなるからこそだったのだろう。相手を見極めるのに慎重になって、これぞという人を探していたのである。


 どんな相手であろうとも、母が幸せになってくれる相手ならば雪は反対するつもりはなかった。雪は幼いという年齢ではなくなっていたし、上辺だけの付き合いならば誰とでも親しくできる器用さも持っているつもりだった。


 それでも、相手の男性に子供がいるとなると話が違う。


 雪が、母親の再婚相手を受け入れるだけでいいという話ではなくなる。しかも、再婚相手の連れ後は幼いと言う話だ。そうなれば、再婚の一番大きな障害は相手の幼子になってしまうかもしれない。


 幼子では、雪のように相手と上辺だけでも仲良くするだなんて出来ないであろう。


 将来の兄弟が、自分や母に懐いてくれればいいな。細波に出会う前の雪は、そんなことを考えていた。


 だからこそ、初めて母の再婚相手の連れ子と対面する直前はらしくもなく緊張した。どんな子供が来るのだろうと散々想像して、無駄なことを夢想するなと自分に言い聞かせたりしていた。


 こうして、雪は弟になる子供と対面した。


 細波との初対面はファミレスで、父親に連れられてやってきた細波は少し遅れてきた。母が細波に声をかけて、次に細波は雪の方を見た。


 細波は言葉を発するより前に、雪は頭を下げた。


 緊張した様子を見せないようにしていながら、それは大人には見抜かれてしまっていた。その幼稚さが可愛らしかったが、同時に瞳に奥には鋭利さが見て取れた。


 大人と子供の境目にいる雪だけが、細波の鋭利さを見抜いた。大人になりきってしまった父や母には、幼い細波が持つ鋭利さには気がつかなかっただろう。その鋭利さは、子供が身を守るために持つ防衛のための鋭さであったからだ


 この子は、とても賢い。


 雪は、そう思った。


 自分が持つ防衛本能を押し隠して、父親の相手として母と自分が相応しいかどうかを見極めようとしている。


「可愛い子でしょう。良い子だから仲よくしてね」


 子ども同士の相性を心配する母とは打って変わって、一瞬にして雪は細波を弟として受け入れた。細波からは父親を信頼する気持ちと同時に、彼に相応しい人物かと自分と母を見極めようとしていた所が気に入ったのだ。


「本当にかわいい子よね」


 母が何度も『かわいい子』というので、そこでようやく雪は細波は類まれな容姿な持ち主であることに気がついた。


「あっ、もしかして男の子?」


 雪は、ようやく細波が可憐すぎる男の子であることに気がついた。性別を間違えられたことを細波はむくれることもなかったので、自分の容姿の端麗さになれていることも雪は知る。ますます面白い子である、と雪は思った。


「はじめまして。兄さんって、呼んでもいい?」


 細波は、にっこりと笑った。自分の顔の良さを知っており、それを最大限に生かせるような笑顔だ。母親は、その笑顔にすっかり魅了されてしまったようであった。


「細波君は——面白い子ですね」


 雪の一言に、細波は唖然とした。


 自分の魅力に相手が陥落しないことに驚いており、ようやく目に見えて雪のことを警戒した。猫が毛を逆立てるようである。


「雪兄さんは、変な人」


 突然の細波の言葉に、彼の父親は慌てていた。雪はと言うと、子供らしい細波の一面に大笑いしていたものだ。母だけが訳が分からずに疑問符を浮かべていた。


 雪は、自分を兄と呼ぶ弟を愛さなければと思った。そのようにしなければ、猫のように警戒心の強い弟は口ばかりで自分と兄とは認めてくれないだろう。雪は、細波と上辺だけの付き合いをしたいのではなかった。


 本物の兄のように、彼に慕われたかったのだ。


 父と母が結婚してからは、雪は細波に兄として与えられるだけの愛情を注いだ。注げば注ぐほどに、細波は不器用に心を開いた。


 細波は素直な子供であったが、年上に対しては警戒心が強い傾向があった。というのも、細波は美しい面立ちのせいでトラブルに巻き込まれることが多かったのだ。


 雪と一緒にいるのに誘拐されかけたこともあってので、一人でいる時にはさらに危なかったのだろう。だからこその警戒心の強さだったのである。


 可愛かった。


 大切だった。


 守りたかった。


 なのに、弟を一番傷つけたのは母だった。


 実父が病気に倒れたときに、誰が考えても一番傷ついたのは実子の細波だった。周囲の大人たちや雪。父自身でさえも細波の心を一番に考えて、彼が出来るだけ傷つかないように選択をした。


 だが、母だけが違った。


 母は、まだ幼い細波の心を癒す役目を放棄したのである。それどころか安心できる家庭の維持すらせずに、全てを投げ捨てるように宗教に傾倒したのだ。


 それが、雪には情けなかった。


 許せなかった。


 挙句の果てに、教祖の復活のために細波を捧げた。依存傾向のある彼女には、夫の病気という現実から逃げるための拠り所が必要だったのは分かるのだ。何故ならば、雪にとっての拠り所は細波だったから。


 真に自分を兄と慕うようになった細波がいなければ、雪は変わってしまった母に耐えられなかっただろう。


 だというのに——この状況は何だというのだろか。


 細波が、自分の事について叫んでいる。泣きそうな顔で叫んで、背後にいるモンスターにすら気がついいていないのだ。


 足が動かない。


 今までの疲れの蓄積のせいで、指の一本も動かないのだ。自分は何のための斧を振るっていたのだ。細波を守るために、さっきまで戦っていたというのに。


 このままでは、二度も弟を殺すことになってしまうだろう。


 これは、自分が望んだことではない。望んだのは、細波が生き返ることだ。


 そして、母への復讐も細波のためのものだった。だから、今ここで細波が死んでしまったら意味はない。


「魔族、契約なんてどうでもいい。今すぐに、私の身体を乗っ取って細波を助けてください!」



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