第29話魔族の登場



 雪の叫びと共に、彼の内側から炎が発せられる。轟々と燃え炎をモンスターたちは恐れて、近寄る事すら二の足を踏んだ。細波さえも、何が起こっているのか分からなかった。


「兄さん……。まさか、魔族に!どうしてなんだよ!!母さんを殺してないのに、どうしてなんだよ!!」


 細波は、叫ぶ。


 その間に、炎は消えていった。雪の見た目には変化はないが、気配は大きく違う。


 生き物が持っているような気配はなく、陶器が持つような硬質な雰囲気を彼はまとっていた。


「分かりましたか?どんな道筋を進んだとしても、私は雪の身体を乗っ取ることになるんです。どんなことになったとしてもですよ」


 襲いかかってくるモンスターに向かって、木の根のような触手ものが伸びる。その伸びた触手は、ついでとばかりに他のモンスターを薙ぎ払った。


 モンスターが次々と屠られていくなかで、魔族の男を細波は睨みつける。けれども、そんなことは魔族の男は気にしない。


「なっ、なんでお前が……兄さんの身体を乗っ取った!!」


 魔族になった兄に、細波は銃口を向ける。しかし、それに気がついた魔族は触手をムチのようにしならせて細波の手から銃を弾いた。だが、それより先に響いたのは発砲音である。


「なるほど……。すばらしい腕ですね」


 魔族の右目には、弾痕によって穴が空いていた。銃を弾き飛ばされる寸前の発砲さえ、生物の弱点を捉える正確さである。これが狙いに時間をかけることが出来る狙撃であるならば、百発百中の制度を誇る狙撃が可能であろう。


「相手が人間やモンスターなら死んでいたでしょうね。私のような魔族には、なんてことのない外傷ですが」


 喋っている内に魔族の傷が、消え去っていく。多量の魔力を持っている魔族は、その場で受けた傷でさえも瞬く間に回復してしまう。


 魔力がなくなれば攻撃や回復も出来なくなるが、そこまで相手を消耗させるのは難しい。銃という使い捨ての弾丸に依存する武器ならば尚更だ。それに、その武器すら細波の手の中にはなかった。


「今度は自害なんてさせませんよ。私だって、やり直すのは面倒なんです」


 細波は逃げようとしたが、彼の身体を触手が拘束する。そして、その先っぽが細波の口に侵入してきた。


 細い部分で唇を割り開き、噛み締めた歯の抵抗も物ともせずに喉の奥までずっぽりと魔族の男は触手を収めた。


 細波は必死に触手を噛み千切ろうとするが、それでもびくともしない。むしろ、罰を与えるかのように触手は喉の奥に向かって延びる。鼻から呼吸は出来るが、生理的にな吐き気に襲われた。


「んっー!!」


 苦しいとばかりに、細波は触手を引っかく。魔族は、必要以上に細波を苦しめる気はないらしい。


 そろそろと触手は撤退し、喉の奥を犯される苦しみからは開放された。しかし、触手は未だに口の中にある。


「舌でも噛み切られたら面倒ですからね。しかし、あなたが死ぬことによって時間が巻き戻るのはともかく……。記憶を維持できるだなんて思っていませんでした」


 細波が記憶を保持していたことは、魔族にとっても予想外のことだったようだ。


「だが、そのおかげもあって雪は一つの取り引きを放棄したくれました。母親を殺すなんて、つまらない願いを」


 さてと、と呟きながら魔族は細波を見た。


「生かさず殺さずが理想ですが、それでは手間がかかって仕方がないですね。でも、あなたは自分で頭を撃ち抜くほどの度胸を持っている。やむを得ないですが、壊しますか」


 魔族は手の甲で、ぱしぱしと細波の頬を叩いた。


 敵が何を考えているのかが分からず、細波の身体には緊張が走っていた。それでも、恐怖はしない。反撃のチャンスだけを探すのである。


「人間の身体と精神は、依存に弱いのでしょう。ドラックかなにかの薬物を使えば、簡単に私の足を舐めるような犬を作ることが出来るはずです。それとも、今から舐めますか?」


 頬を叩いていた手が、くすぐるかのような優しげな手つきで喉をなでる。中学生特有の目立ち始めた喉仏に触られて、あまりの嫌悪感に波は顔を背けようとした。


 敵を目の前にして目を背けるなど兵としては失格だったが、そんなことを忘れるぐらいの嫌悪感だったのだ。


「こっちを向いてください」


 魔族は細波の顎を掴んで、自分の思い通りしようとする。しかし、細波の目は、どんな人間よりも反抗的だった。


「……いつでも薬を求めるような駄犬にしてあげましょうね」

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