第30話兵士は戦場に立つ



「出来るだけでいい。社員に武器になるようなものを持たせろ」


 阿久津に向かって、そのように一葉は命じた。阿久津は一瞬だけ戸惑ったが、すぐに乱れかけた呼吸を整える。この場は、一葉の考えに従うのが一番言い。モンスターを前にしても、彼の度胸は揺らぎもしない。ならば、この場で最も冷静な判断が出来るのは一葉である。


「ありったけの刃物を集めて、デスクでバリケードも作る。あと、沸かせたら熱湯を窓から流してやるからな!」


 拳を握りしめる阿久津に、一葉は「熱湯まで用意しなくていい」と言った。俺と落葉も、大きく頷く。熱湯を窓から巻かれたら、外で戦う人間が危なすぎる。


「じゃあ、油でも熱するか。この間、タコパで使った油があるし」


 この人は、会社で何をやっているのだろうか。


 適応能力が高すぎる阿久津に、男性社員まで遠い目をしている。さっきまでモンスターの出現に焦っていたはずなのに、状況に適応する社長に呆れかえっているようだ。


「まぁ……この人は緊急時に本領発揮するタイプですし」


 男性社員の呟きが聞こえる。阿久津はいわゆる、逆境に強いタイプらしい。


「あと、武器になるもの。そうだ、ちょっとしたものもあったよな……。ダーツとかサバゲーのやつとか」


 阿久津は、がさこそと社長室の隅を漁ろうとしている。


 それを止めたのは、男性職員だ。


「ウチには、不審者撃退用の刺叉ぐらいしかありませんよ。それと、ちょっとワクワクしないで下さい。子供か、あんたは!!」


 男性職員の堪忍袋の緒は、とっくの昔に切れていた。俺たちは、阿久津と男性社員に防衛を任せることにする。いや、もっと正確に言えば阿久津の世話を押し付けた。


「あくまで、武器もバリケードも念の為だ。侵入させないように、私と落葉それと縁とでモンスターから会社の入口を守る」


 一葉の言葉に、俺と落葉は頷く。戦うことに異論はないし、武人にそのものである一葉に声をかけられたことに俺は不思議な高揚感を覚えていた。


 こういうものがカリスマ性ということなのだろうか。この時間軸の阿久津に、圧倒的に足りないものだ。


「落葉や縁君まで戦わせるつもりなのか。それは、さすがに……」


 阿久津は、一葉を止めようとした。


 人の親として、学生の姿の俺たちを戦わせることには両親が痛むらしい。しかし、一葉の鋭い眼差しに、阿久津は二の足を踏む。


「この二人の腕や身体能力は、大人のものだ。十分に戦力になる。それに、銃を作るというのは子供でも持てる武器を作るということだ。お前は、その覚悟をさっきしたばかりだろう」


 一葉の一言に、阿久津は息を呑む。


 ついで、落葉を見た。


 今から、愛娘は戦いに行く。


 生きるか死ぬかも分からない戦場に立つのだ。そして、武器を作るということは日本中の子供たちに、愛娘と同じ可能性を与えるということである。


 戦場に立つという選択肢を。


「……さっきの襲撃では、戦えもせずに死んだ子供も多かったはずだ。武器を持っていれば助かる命もあった。俺は、そう思いたい。そう思いたいから、銃を作る」


 阿久津は、顔を上げて答えた。


 その面差しには、俺が前の時間軸で見たような堅い決心があった。誰にも曲げられない意思は、落葉にも向けられる。


「落葉、ごめ……」


 父親は謝りかけて止めた。


 代わりに、強い瞳で娘に問いかける。


「落葉、行けるか?」


 父親に問われた落葉の顔は、子供の顔ではなかった。上司の命じたことに従う兵の顔である。きっと俺も同じ顔をしていることだろう。


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