第31話戦場の口付け



「決まったならば、行くぞ」


 一葉の言葉に従って、俺達は会社の外に出た。


 外には、先ほどの襲撃のようにモンスターがいた。違うのは種類や数が増えているところだろうか。第一波よりも圧倒的に数が多いモンスターたちは、人間が自分たちより弱いことを覚えてしまったようだった。


 鳥やコウモリ。そんな動物と似ているモンスターたちも目に入るが、体術主体の俺とは相性が悪すぎる。そのため、そのよう敵は落葉に譲ることにした。


「空を頼むぞ」


 俺の言葉に、落葉は「げっ」という顔をした。


「私だって、空を飛ぶモンスターは苦手なのよ」


 こんなときほど細波が愛しく想うことはない。飛行するモンスターと俺達とは、相性が悪いのだ。銃を扱わせれば細波の右に出るような細波がいれば、大抵の敵は一発で撃ち抜いてしまうというのに。


「まぁ、やってはみるけど。……なんとかしたら、キスしてね」


 親御さんの眼の前で、落葉はとんでもないことを言い出した。俺は、一葉の方を慌てて確認する。なお、一葉は俺に背を向けていた。表情が確認できない。


「一葉さんの眼の前で、何を言っているんだ!」


 俺のあわてぶりに対して、落葉は余裕たっぷりであった。何が、彼女にそうさせているのだろうかが分からない。


「成人済みの娘が、誰と口付けしようとも親は関係ないわよ」


 精神は大人だが、身体は子供だ。そんな子供と相手の親の目の前で、キスをしろというのは正気の沙汰ではない。


 それを指摘する前に、俺の隣で旋風が発生した。


 一体何だと思えば、さっきまであったはずの一葉の背がなかった。そして、鳥のモンスターの醜い声が響く。次の瞬間には、一葉が地面に着地していた。


「専門外だが……空は任せろ」


 刀をかまえた一葉の言葉は、とても頼もしい。頼もしいが、だいぶ人間離れした運動能力を見せられたような気がする。


 たまに落葉でも思うのだが、彼らは本当に人間なのだろうか。そして、この身体能力の持ち主の前で娘にキスをしなければならないのだろうか。


 遺書が必要になりそうだ。


「無理……。せめて、運動能力が凡人の方のお父さんの前で」


 そちらの方が、まだマシだった。


 一葉だったら有無を言わない内に殺させそうだが、阿久津だったら逃げることは出来そうである。


「遊んでいるな!」


 一葉が大声で叫んだが、俺だって自分の背後にいるモンスターの気配ぐらいには気がついている。だから、背負い投げの要領でモンスターを投げ飛ばした。


 油断している獲物としか俺のことを認識していないモンスターの喉元に掌底を放ち、後方にいた敵ごと吹き飛ばす。さらに、別のモンスターに蹴りを食らわせて昏倒させた。


「遊んでいるわけないだろ。いつだって、俺たちは本気だよ」


 一葉が、ふんと鼻を鳴らす。


 遊んでいる訳ではないと分かったことで、俺は認めてもらえたのかもしれない。その一葉自身は、相変わらず人間ばなれした動きを見せているわけだが。


「そっちこそ……どういう鍛え方をしているんだよ」


 俺だって運動神経は良い方なのに、追いつけるような気がしていない。そして、その弟子である落葉はというと数多くのモンスターを切り伏せていた。彼女は、いつかは師である一葉を超えるのであろうか。だとしたら、俺を超える兵になることになる。


 それは、悔しい。


「頑張んなきゃいけないじゃないかよ」


 そんなことを考えていれば、いつの間にか落葉が眼の前にいた。


 すでにモンスターを数体切り刻んだ彼女の唇は赤く色づき、その向こう側にはオーガやゴブリンといったモンスターの姿があった。落葉がしゃがみ、俺の中段蹴りがオーガへと命中する。


 俺の体で隠れるように移動した落葉は、そこにいたゴブリンを切った。言葉なくとも互いに互いのことが分かる。


 俺と落葉は、戦闘中にたまに感じることが出来る高揚感を共に感じ取っていた。二人で共に戦うことで、さらに二人は燃え上がる。


 血塗れの戦場で、小さなリップ音と共に落葉が俺の唇に吸い付いた。


 血で汚れていなかった俺の口にも赤が付いて、互いに穢れたことを喜んでいた自分がいた。なんて、不道徳なのだろうか。


 命のやり取りをする神聖な戦場で、俺と落葉は恋愛遊戯に明け暮れていた。


「縁、好きよ」


 その告白と共に、モンスターの腕が切り捨てられた。


 不道徳で残酷な光景に、俺は興奮していたのだ。


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