第22話憧れの恋のライバル



「……あれが、縁君の好きな人」


 頭を下げる落葉を見て、ぼそりと充は呟いた。掻きむしりたくような感情を抑えるために胸に手を当て、彼女は苦しげな表情をする。その気持ちが、俺には何となく分かってしまった。


 落葉は、高潔で強い。


 彼女に憧れて焦がれるだけであったならば、幸せであったであろう。だが、充にとっては落葉の存在は憧れだけではすまないものだ。恋のライバルだ。


「すごく格好良い人……。縁君が、彼女を好きになる気持ちがよく分かって……辛くなる」


 充は、俺に恋をしているらしい。


 しかも、苦しくなってしまうほどの。


 こんなに熱烈で、じとっとした感情を向けられるのは初めてだ。だが、それには答えることは俺には出来ない。


 俺が好きなのは、落葉である。


 その愛は、若者のように派手なものではない。落葉ならば信頼して背中を預けられるという強い絆に基づいたものである。


 男女の愛というにはさっぱりしたものに思えるが、互いに互いが必要だから信頼する仲にもなったのだ。決して、切れるような関係性ではない。


「縁君は……覚えていないんだよね。修学旅行の時の鹿せんべいの話」


 充の言葉に、俺は申し訳なくなった。


 充の言葉通り、俺は修学旅行のことなんて忘れてしまっていた。俺にとっては大昔だという事も原因だが、それ以上に充のことを全く意識していなかったせいであろう。記憶というのは残酷だ。


「客観的に見れば些細なことだから……忘れてしまって当たり前だと思う。でも、あれで私の一方的な恋が始まったの。落葉ちゃんには勝てないかもしれない……。勝てないかもしれないけれども。……まだ好きでいていい?」


 充は熱っぽい瞳で、俺を見つめた。


 その瞳には、まだ恋があった。


「あの格好良い人と競ってもいいですか……。あきらめられなくても……いいですか?」


 本来ならば、それは本人が決めることだろう。恋心は人の自由である。けれども、それには充は気弱が過ぎたのだ。


 自分の恋心ですら、自分のでは決められない。


 倫理的には、充の想いを俺は御断りするべきだろう。俺の心は一人に決まっているし、充に答えることはこれからもないのである。


 長く行動していることもあって、俺なりに充には情が移ってはいる。だが、それはあくまでは保護すべき少女に対する庇護の情だ。これからいくら親しくなったとしても、俺は充のことを子供扱いしか出来ないであろう。


 しかし、俺は充に対して誠実であることを選ばなかった。


 彼女には、大人になって欲しかったのだ。自分の事を自分ですら決められない彼女に、活を入れたかったのである。


 この選択は、本来ならば俺がするべきことではないかもしれない。けれども、充のことを思うのならば厳しさは必要であった。


「自分で決めるんだ。自分がどうしたいかを自分で決めて、自分で貫くんだ。他者のせいにすることなく、自分の選択として誇るんだ」


 まずは自分で決めること。


 それが、充の成長のための第一歩だ。

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