第16話恋愛修羅場
修羅場だ。
俺は人生で、生まれて初めての恋愛の修羅場を経験していた。
外に居続けるのも危険なので、俺達は小学校の教師たちの誘導で体育館に移動していた。校舎にいた児童たちは無事だったようなので、落葉は俺と同じように形で同級生を守ったことになる。
その働きはさすがだ。体は小学生だというのに、なかなか出来ることではない。しかし、心のなかは若い大人である。
だからこそ、女子高生の話など本気で取らないで欲しい。充の想いを可愛らしい片思いだと思って、落葉にも笑っていて見守って欲しいと言うのは俺の贅沢なのだろうか。現状を見るに、贅沢なのだろう。
「私と縁は、未来で一緒に戦い続ける宿命にあるの。愛し合う二人以前に、背中を預けられる仲間でもある。運命的でしょう」
落葉は、えっへんと胸をはっていた。
事実ではあるのだが、運命的であるかどうかは俺には分からない。信頼関係ならば、間違いなく築けているのだが。
「その辺で、そろそろ止めないか。……さすがに周囲の目が」
周囲では低学年の子供が泣き出したり、近所に人々が避難しに来たりしている。逆に、子供の安否を確かめるためにやってくる保護者もいた。
そんな中において、悪い意味でも良い意味でも危機感に慣れている落葉は浮いていた。普通の神経があれば、こんなとき男を取り合わないだろう。
おかげで、周囲の目が痛い。
教職員も最初こそは俺が落葉の身内だと思って優しくしてくれたのに、今ではすっかり不審者扱いだ。なにかあったときのために、男性教師がじりじりと近づいてきている。これ以上のトラブルになったら、拘束されるかもしれない。
「私は、修学旅行から……ずっと縁君が好きで……。それに私の方が、歳も近いし」
落葉と張り合っている充は、気弱なように見えて肝は座っているらしい。俺の腕に抱きついて、落葉に優位を示している。
充の言うとり、本来ならば彼女の優位は圧倒的なのだ。現在の落葉と俺は高校生と小学生で、普通の考えをしているならば交際など考えられない。しかし、俺と落葉は大人同士であった記憶があり、自己認識だって大人のままだ。
「あのさ……。俺がいうのも何だけど、こんなことをやっている暇はないと思うんだけども」
時間が巻き戻ってはいるし、戦闘能力は引き継いでいるしで説明のつかないことが多数ある。この状況で落葉と合流できたことは幸運だったが、この場にいない細波の安否はまだ不安だ。
小学生の落葉よりは自由に動ける立場だろうが、彼だって今は中学生である。しかも、彼の場合は身体能力を引き継いでいても得意の武器である銃が身近にないことは明らかだ。
「分かっているわよ。この女を安全な場所に移してから、細波を探すんでしょう」
さすがは、落葉である。
一般人の安全確保は、嫉妬していても忘れない。
「あの……私の両親は出張中で……。だから……縁君と一緒にいたくて」
言いよどむ充の顔は、少しだけ赤い。親がいなくて不安な少女の顔ではなく、恋する女の顔であった。こんな時に、するような顔ではない。
俺は、天井を仰いだ。
保護者のいない女の子を放って置くのは、いくらなんでも危ないだろう。せめて、落葉ぐらい強ければ置いていけるのだが。
「細波は道中で探しながら、私のお父さんの会社に行きましょう。こんなに時間をロスしているんだもの。細波は、きっと移動しているわ」
落葉に「お父さん」と言われたので、俺は背筋が伸びた。充にアドバンテージを得るために、両親に恋人を紹介したいと言い出すのではないかと警戒したのだ。出来れば、今は数年単位で待って欲しい。
「……何を考えているのよ。父の会社は、これから銃と弾丸を作る。絶対に、残さないといけない会社よ。私達が下手なことをして、変なところが変わっていたら大変でしょう」
なるほど、と俺は納得した。
今後のことを考えるならば、落葉の父の会社が無事なのとそうでないとき落差は大きい。企業としてダメージを受けていたら、将来の武器調達に大きな弊害が出てくるだろう。
そして、なにより……。
眼の前で死んでしまった社長の安否が、俺も気になっていた。他人の俺ですらこうなのだから、家族である落葉の想いは一入であろう。
素直に言い出せなかったのは、充という民間人を保護している故か。
「そういうところが好きだな」
自分の役割を全うしようとする落葉の姿は、素直に尊敬が出来る。人によっては可愛げがないと言うかもしれないが、そんなところが俺は好きだ。
「いって!」
俺の腕にすがっていたはずの充が、俺の肩を弱い力でぽかぽかと叩いていた。弱いとは言えない力加減のせいで、微妙に痛い。それにしても、若い女の子の行動は分からないものだ。
こんな充であっても、落葉の父親に彼女の保護を頼めるかもしれないという希望が見えてきた。
ともかく、今後の行動指針は決まった。
落葉の父と会社の無事を確認して、充を保護してもらう。そして、細波と合流を目指す。
「そういえば……」
落葉は知らないと思うのだが、この時間の巻き戻りは細波が自分を撃ったことをトリガーにしていたような気がする。そして、その仕組みを細波と魔族は知っているような雰囲気を醸し出していた。
戦力や心配以上に、細波に合うべき理由が出来てしまった。この状況が、どういう事なのか聞かなければならない。
「落葉ちゃん、お父様がお迎えに来たわよ」
教師らしき人物が、一人の男を連れてきた。俺は落葉のことを成人女性として扱っていたが、この時間軸では彼女は小学生だ。危ないことがあれば、家族が迎えにくるのは当然であった。
落葉と父との感動的な再会がうっかり叶ってしまったが、ここで充を保護してもらえたらありがたい。すぐにでも、細波を探しにいけるからだ。
「落葉、無事だったか」
落葉を迎えに来た人物は、俺が知っている社長ではなかった。まったくの別人である。
偉丈夫というべき肉体の持ち主であり、そこにいるだけで威圧感を与えてしまうような人間だった。人の親というよりは武道の師範代や格闘技の選手というイメージを抱いてしまう。
「人から聞いたが、学校からモンスターを追い払ったそうだな。一体どうやったんだ?私も戦ったが、モンスターというのは攻撃が重くて……」
「お父様!」
長々とした偉丈夫の言葉を遮ったのは、落葉であった。彼女は目にいっぱいの涙をためて、父と呼んだ人に抱きつく。
「お……お父様!会いたかった。すごく会いたかったの!!あなたが亡くなってからは、私とお父さんとの二人で頑張っていて……」
落葉は前の時間軸との記憶の混同を見せており、偉丈夫も彼女を理解できず困っていたようだった。たまりかねて、俺は横から乱入する。
「はい、すみませんと。俺は落葉の知り合いなんですけど、モンスターが怖くて色々と記憶が混同をしているみたいなんですよ。少し落ち着いたら、元に戻ると思います」
小学校に避難してきた高校生の体で、俺は偉丈夫に話しかける。人間の頭は都合が良いように考える癖があるから、俺と充は落葉の面倒を見ていた高校生カップルとでも思ってくれるだろう。
「そうか……。たしかに、人々がモンスターに襲われる光景を見たら錯乱もするだろうな」
案の定、偉丈夫は勝手に納得してくれた。
「私は、錯乱なんてしていないわよ」
落葉の不服そうな声が小さく聞こえたが、話は合わせてくれる気らしい。前の時間軸の記憶があります、といきなり言い始める度胸は落葉にもなかったようだ。
「お父様、こっちは助けてくれた縁と充ちゃん。将来は、縁と結婚するから。お父様とも家族になるから。だから、会社まで一緒に連れて行って欲しいの」
話は合わせるが自分の我も通すつもりの落葉は、とんでもない発言して周囲を凍りつかせた。特に、偉丈夫の顔はなかなかに衝撃的だ。他人事だったら写真を撮っていたな、と俺は現実逃避をしていた。
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