第17話義父の戦い
偉丈夫は車を運転しながら、比嘉氏一葉と名乗った。
落葉とは苗字が違うが、彼女の身内であるのは間違いないらしい。親戚なのかとも思ったが、そうでもないようだ。第一、彼は「お父様」と呼ばれていた。落葉の実父とは、別人だと言うのに。
結婚という聞き捨てならない言葉が飛び交ったが、娘の面倒を見てくれた高校生を放って置くことは一葉も出来なかったらしい。一葉は、俺たちを自分の車に乗せてくれた。
一葉が乗ってきたのは、白いワゴン車だ。てっきに、落葉の実父の車に乗ってきたと思っていた俺は拍子抜けした。社長の車と言うと黒いというイメージがあったからだ。現に、未来の社長の車は黒かった。
しかも、ワゴン車は年季が入っている。
それなりに洗車や手入れはされているが、次の車検の前に別れを告げることになりそうだ。この車にも落葉は思い入れがあるらしく、乗り込んだ途端に「オンボロ真っ白号だ!」と嬉しそうだった。
車に名前を付けるなんて可愛いところにあるなと思ったが、良く考えれば今の落葉は小学生で車に愛称を付ける愛嬌ぐらいはあって当然なのだ。
「……あと一ヶ月の命かぁ」
落葉が、ぼそりと呟いた。
オンボロ車の寿命は俺が思っていたよりも短かったらしい。急にかわいそうになったので、俺は車のシートをなでた。現実逃避である。
俺は、落葉に聞かなければならないことが一つあった。俺にとっては、今現在のところ最大の疑問でもある。
「本当に、この人がお前の父親なのか?イメチェンというか整形のレベルで顔が違うぞ」
巻き戻った年月を差し引いても、一葉は俺の眼の前で死んだ社長だとは思えないのだ。どちらかといえば社長は知的な鋭さがある顔立ちだったが、運転中の男は体育会系の厳しい顔付きである。
「なんだ、阿久津の写真でも見せてもらったのか?」
俺たちに話が聞こえていたらしく、一葉は落葉に自分が父と呼ばれている理由を語る。
「落葉の父親の阿久津とは、長い付き合いだ。そのせいで、昔から面倒ごと……やっかいごとを押し付けられてきた」
言い換えたところで、あまり意味はない。一葉という人は、阿久津社長にかなりこき使われているらしい。
苛立ちをぶつけるがごとくアクセルが踏まれて、俺達の身体は座席に押し付けられた。この人のストレスは大丈夫だろうか。
「落葉の母親は身体が強くない人で、随分前に病気でな亡くなったんだ。彼女とも知り合いだったし、男やもめで子育ては大変だろうと仏心を出したら……親子で押しかけてきやがった」
落葉は、なんにも気にしていないようであっけらかんとしている。もはや、一葉の愚痴には慣れ切っている状況なのだろう。友人が子連れで住み込むというのは、良く考えてみなくとも大迷惑なのだが。
「会社を立ち上げて忙しい時期なんかは、小さかった落葉と俺との二人暮らしみたいな時期も続いてな。気がつけば、私も父と呼ばれるようになっていたんだ」
一葉から「ふっ」と全てをあきらめたような笑い声が聞こえた。
子育ての大変なところを押し付けられたことは、俺でも十分に理解できた。これならば、父と呼ばれるようになっても不思議ではない。
第二の父。いいや、関わり合いの多さから言えば、もはや落葉にとっては第一の父なのかもしれない。
「落葉と恋人とか言われても、あまり気にするな。押しが強いのは血筋だ」
結婚など言っていても彼があまり気にしていないのは、落葉の親譲りの自分勝手から一人で言っていると思われているらしい。少しばかり複雑な事情があるので何とも言えないが、説明しても理解してもらえなさそうなので勘違いはありがたい。
「それにしても自宅じゃなくて、阿久津の会社に行っていいのか?たしかに、一時的な避難は出来るけど……。お前たちだって家族の安否も知りたいだろう」
一葉は、モンスターに襲われた人々の死体を見たはずだ。その人々のなかに、俺や充のことの家族が混ざっていないかを心配しているのだろう。
「俺の両親は、ちょっと無事だとは思えない場所にいて……。だから、大切な友人の安否を知りたいんです」
細波は無事だとは思うが、俺たちの行動は前の時間軸とは大きくズレてしまっている。いいや、ズラしてしまっている。そこも踏まえて、細波とは話合いをする必要があるだろう。
「充も……何時までも俺が側にいるわけにもいかないし。だから、落葉の親にも頼んで充をしばらく保護してもらいたかったんです、あと、俺と充は付き合っていませんから」
俺の隣に座っていた充は、不満げな顔をしていた。一葉は「モテモテだなぁ」と破顔している。他人事だからこその呑気さだが、おかげで空気も緩んだ。
知らない人物の車に乗るというのは、落葉の保護者と言えども緊張感があったのだ。もっとも、良く知らない高校生を小学生の落葉のお願いで乗せている一葉も同じだと思うが。
「会社に本社は無事だが、支社の方でダメージが出たらしい。阿久津は、そっちの対応に追われている。会社に戻ったら、またモンスターが現れても無事いられるように俺も色々と考えるつもりだ」
その口振りから、一葉も社員なのかと俺は考えた。だが、俺の考えを察した落葉が耳打ちした。
「父上は剣道道場を経営しているの。私の剣の師匠でもあるわ。モンスターが現れてからは、本社と支社の防御面を支えていたはずよ」
ということは、今はモンスター防衛策をまかされたばかりというところだろうか。自営業だというのに、友人の会社も手伝うというのは大変である。いや、この人は子育てという厄介ごとをすでに押し付けられているのだろうか。
「いやぁ!」
充の悲鳴が響いて、一葉は思わず急ブレーキを踏んだ。充は震える手で「もっ、モンスターよ」と指さしている。
撤退が遅れたのか。それとも、最初から撤退するつもりなど最初からなかったのか。充の指さした方向にいたフェンリルは、女性の死体を貪っていた。
フェンリルは人間が脅威にならないと学習したらしく、俺達を見ても食事を止めようとはしなかった。
「……車から出るな」
そう言って、一葉は車の外に出た。
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