第18話棒での戦い
一葉が車から持っていったのは、一振りの日本刀だった。落葉のもので俺は見慣れていたが、充は恐怖で体を震わせている。モンスターだけではなく、日本刀も怖いのだろう。
「何怖がっているのよ。日本刀ぐらいで」
落葉も怖がっていないが、反応としては充が正しいのだろう。人の死や武器に慣れてしまっているというのは、本来はおかしいのだ。
世界は、さらにおかしくなっていく。
俺達は、それを知っている。
「……犬畜生め。それを貪って良いと思っているのか」
ぞっとするほどの低い声と共に、一葉は刀の柄に手を添える。触れたら切れてしまいそうな緊張感には、フェンリルも気がついたようである。
一葉に獲物は渡さない、とでも言いたげな様子でファンリルは唸り声をあげていた。
「助太刀をするぞ」
フェンリルは、モンスターのなかでも強い部類のモンスターだ。一葉が日本刀を持っているとはいえ、実践経験の少ない人間がフェンリルに勝てるとは思えなかった。
俺はシートベルトを外そうとしたが、それを落葉に止められる。彼女は、真剣な顔をしていた。
「邪魔になるから止めて。あの人は、私の師匠なの」
それは、つまり——非常に強いとうことだ。
「ぎゃん!」
フェンリルの鳴き声が聞こえ、俺達の視線が一葉の方に向かった。
そこでは、刀によって頭を真っ二つにフェンリルの姿があった。鯵の干物のようになってしまったフェンリルの頭は、今まで見てきたなかで一番グロテスクだ。
充は車から出て、胃袋の中身をぶちまける。それぐらいの衝撃がある光景であった。俺は逆に身を乗り出して、その様子を目に焼き付けようとする。
「フェンリルの頭骨を一撃って……」
男女の力ら違いや年期の違いもあろうが、一葉は落葉以上の使い手であった。邪魔になると言う言葉は、あながち冗談ではない。
「私のお父様は、すごいでしょ?」
落葉は、得意げに笑っていた。
落葉の剣の腕が達人級であることは知っていたが、それ以上の腕前なのだ。
一葉、という男は。
「やっば、遠吠えでフェンリルが集まってきたわ」
落葉の言葉通り、四体のフェンリルが俺の目にも入った。吐き終わった充を車の中に放り込んで、俺と落葉は車外に出る。いくら一葉が強いと言っても、戦い馴れていないファンリルを複数相手にするというのは辛いであろう。助太刀する以外の選択肢はなかった。
落葉が武器として持っているのは、木の棒である。おそらくは学校の箒の柄の部分だろう。刀とは段違いに落ちた攻撃力だが、落葉の表情が陰ることはない。この武器とも言えない武器で、落葉は小学校を守ったのだ。
「三匹を倒す。一匹は惹きつけてくれるだけでいいぞ。止めは刺してやる」
俺の挑戦的な言葉に、落葉は木の棒を振るって笑う。
「笑止!男女平等上等よ!!」
落葉の身体が、俺の視界から消える。
目にも止まらぬ速さで、落葉はフェンリルとの距離を詰めたのだ。そして、フェンリルの顎を下から思いっきり蹴り上げる。その勢のままバク転し、着地後に別のフェンリルの個体に木の棒を振るって足元を崩した。
落葉が狙うのは、獣の眼球である。刀身がない棒では動物の柔らかな場所を狙うしかない。だが、小さすぎる箇所への狙いは外れてしまう。細波はいとも簡単にモンスターの弱点を撃ち抜くが、彼がいかに難しいことを普段からやっているかが分かる。
「くっ!」
落葉は、悔しそうな声を漏らした。
体勢を立て直したフェンリルは、鋭い牙を落葉に突き立てようとする。落葉はフェンリルの牙から我が身を守ろうとしたが、別のフェンリルが彼女に襲いかかろうとした。
「さすがに棒だと無理があるんだよ!現状をよく考えて、無理をするな!!」
俺は、落葉に向かおうとしていたフェンリルに蹴りをいれる。本当は首の骨でも折ってしまいたかったが、俺自身の体勢が整っていないので無理だったようだ。
棒でフェンリルの牙を防いでいた落葉は、フェンリルの顎に再び蹴りを入れる。そして、蹴り飛ばした犬の顎の下を棒で突いたのだ。その衝撃でもって、フェンリルは気絶してしまった。
俺は、気を失ったフェンリルの首を折った。別のフェンリルは、その行為の怒りを露にした。フェンリルは、遠吠えで集まってくるぐらいに仲間想いのモンスターなのである。俺を噛み殺そうとしたフェンリルは大口を開けたが、その牙は落葉の棒によって砕かれた。
「武器に慣れてくれば、こんなものよ」
ふん、と落葉は鼻を鳴らした。
「……お前は、本当に俺の知っている落葉なのか?」
一葉は最後のフェンリルを切り倒し、そう落葉に問いかけた。
その表情には、警戒の色があった。
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