第19話未来の義娘



 会社に行く前に、俺達は一葉の道場に連れてこられた。


 道場は小さな体育館という出で立ちだ。読めないほどに達筆な字で、四文字の漢字が飾られている。そして、道場の端には竹刀と防具の一式がそろえられていた。生徒の物というよりは見本品のようである。使われた気配のない新品だ。


 俺と落葉は道場に慣れているが、充は慣れていないらしい。縮こまりながら、きょろきょろしながら周囲の様子をうかがっている。その様子は、まるで小動物だ。


 フェンリルとの戦いで、俺と落葉は学生らしくない戦闘能力を見せた。落葉など小学生のくせに、棒でフェンリルを倒している。元の小学生戦闘能力ではないであろう。


 その戦闘能力を、一葉は怪しんだのだ。


 モンスターが襲ってくる世界に変化してしまった今では、自分の常識を疑うのは正しい。そうでなければ、いくら強くても生き残ることなどできない。


 俺は、一葉の警戒心に尊敬の念を抱く。


 モンスターに立ち向かえる力を持ちながら、一葉は相手を侮らない心を持っていた。本物の武人であり、前の時間軸では亡くなっていたのが惜しいぐらいだ。


 落葉からは詳しくは聞いていないが、彼女の様子から見るに前の時間軸の一葉が故人であったことは予想がついていた。


「身内には大迷惑をかける阿久津だが、時流を読む力は本物だ。その力は、今後の世の中の力になる。……だからこそ、正体不明の存在は連れては行きたくない。落葉、お前でもだ」


 一葉の視線は、猛禽類のように鋭い。


 俺達の正体を見破ろうとしているのだ。


 落葉は、俺の方を見た。時間が巻き戻ったことを言っても良いか、と無言で尋ねていたのだ。俺は少し考えるが、伝える以外の手はないだろう。ここまで怪しまれてしまえば、説明しないわけにはいかない。


 俺は、無言で頷く。


 俺たちの現状とは無関係な充もいたが、害にも利益にもならないから良いだろう。充には悪いが、現状では彼女は戦力にはならない。


「信じられないと思うけど、時間が巻き戻ったの。私と縁は、前の時間の記憶と戦闘能力を引き継いでいるみたいで……」


 一葉の目付きが鋭くなる。そんな非現実的な話などありえるわけがない、と言いたげな顔であった。


 充も戸惑っており、俺と落葉の顔を何度も見比べていた。そして、おどおどと口を開く。その言葉は、一葉の心情も代弁していたであろう。


「その……本当なの?」


 時間が巻き戻ったと言われて信じられる人間は少ないだろう。未知のモンスターが、俺と落葉に化けている可能性を疑った方がよっぽど現実的だ。もっとも、こんな非常識な嘘を付くような間抜けなモンスターをいないであろうが。


「本物の私と家族しか知らない事があるわ。私の名前の秘密よ」


 落葉の言葉に、ぴくりと一葉の眉が動いた。


 俺と充は、息を飲んだ。彼女の『落葉』という名に、どのような秘密があるというのだろうか。


「お父さんが、お父様の名前に勝手に似せたのよね。だから、私は植物系の名前になったって聞いたわ。ほら、『落葉』と『一葉』って、一文字違いだし」


 俺と充がなんとなく疑問に思っていたことが、見事に解決した。一葉と落葉の名は、名前が植物由来であるという共通点がある。名の類似性から二人は親戚だと最初は疑ったのだが、落葉の実父は無許可で名前を似せたらしい。


 落葉の実父は、何を考えているのだろうか。


「落葉の父親って……あの社長なのか?なんか、聞けば聞くほどにキャラが違うと言うか」


 子育てを友人に押し付けて、名前さえも勝手に拝借して。前の時間軸の凛々しかった社長の面影が崩れてくるような情報しか流れてこない。


 しかも、実の娘からの情報なので間違っているということはないであろう。今の社長は俺のことを知らないとはいえ、再開するのが徐々に怖くなってきた。


「その黒歴史を知っているということは……本人なのか?」


 一葉も一葉で、命名についてのことを黒歴史と言い切っている。人の命名に関する情報に付属する言葉ではない。


 落葉はケロリとしていたが、もう少しオブラートに包んでも良いだろうに。本物の小学生であったならば、さすがの落葉だって傷ついていたのではないだろうか。


「お父様の名前をもらえたことを黒歴史なんて言わないでよ。お父様は、私の尊敬する人なのに」


 落葉は、頬をぷっくりと膨らませていた。尊敬する人から名前をもらえたことを誇りに思っているし、それを本人にさえも否定されたくないという気持ちが伝わってくる。


「あと、お父様は……お父さんのことを身内だと思っていたのね。ちょっと初めて聞いたから、お父さんに連絡を取ってもいいわよね。本人に、ちゃんと伝えてあげたいし。大喜びするだろうな」


 落葉は、繋がらないスマホを取り出した。なお、その顔は悪魔的なものだった。あきらかな脅しだったにも関わらず、一葉は必死な顔をしてスマホを取り上げる。武道の道では一葉は落葉の師であるが、日常生活では彼女の方が上手らしい。


「ま……間違いなく、落葉だな。こちらの弱点を把握している」


 一葉は、少しばかり悔しそうだった。


 今は関係のない話だが、二人の日常がこのようなものであれば非常に楽しそうだ。実父と共に入れないと言うと寂しい幼少期を思い浮かべてしまうが、落葉の場合は違ったらしい。


「縁を恋人と紹介したのは、未来ではそうなるからよ」


 落葉は、言わなくていいことを言い出した。


「今は縁がロリコン高校生に見えるかもしれないけど、本来ならば大人同士で相互の同意の元に付き合っているわ」


 落葉の言っていることに間違いはないのだが、それは今言うべきことなのだろうか。そして、俺がロリコンの高校生に見えるということはちゃんと自覚していたらしい。


 だったら、いたるところで俺を恋人やら婚約者扱いしないで欲しかった。俺の好感度と信頼は、いたるところで大暴落しているというのに。


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