第20話充のトラウマ
「未来では恋人同士でも……今は子どもと高校生じゃないですか。それなのに付き合うなんて言ったら……色々と勘違いされて縁君が可愛そうです」
自信満々の落葉に、水を差したのは充であった。彼女の言葉は、俺の心情を現したものだったので救いの手を差し伸べられたように思えた。俺の考えを読んだらしい落葉は、むっとした顔をしている。
充は、というと俺を見つめていた。その顔は、相変わらず恋する乙女で熱っぽい。何度も言うが、そんな顔が緊急事態でよくできるものである。
「あの……私にしませんか?私は強くないけども……疲れた男の人をマッサージとかで癒せますから」
おそらくは普通のマッサージなのだろうが、『疲れた男の人』という枕詞を使わないで欲しい。いかがわしい雰囲気を感じてしまうではないか。
一葉も同じだったらしく、充から目をそらしている。気持ちがすごく分かるのは、彼と俺が想像力豊かな大人の男だからだ。
「ほっ……本当に上手いんですよ。小学校の頃に担任の先生に毎日やらされていて……それで。嫌だったんだけど断られなくて。……胸とかも触られたりして。だから、慣れているから」
充の慣れているなんて言葉は、嘘っぱちだ。そうでなければ、恥ずかしそうにうつむくはずもない。声だって、いつも以上に消え入りそうになっていた。
充の言葉に、俺たちは怒りをたぎらせる。小学校の教師は、内向的な充が断れないことをいいことにセクハラしていたのだ。いや、充の年齢を考えれば虐待と言っていい。
マッサージという言葉にいけない事を妄想してしまったが、良識のある大人としてやって良いことと悪い事の区別はついている。
子供を傷付けるようなことは絶対にしない。
一葉だって、それは同じであろう。
「親にも相談したら……私には才能とかは何にもなくて。男の人を誘惑するしか出来ないせいだからって言われて……」
充の自信のない言葉は、落葉によって遮られた。
「そんな言葉で騙されていたら、つまらないでしょう!」
その大声に、充は身体をびくりと震わせる。
ついでに、俺たちもびっくりした。
落葉は怒っていて、語気が段々と大きくなっていく。気弱な充でなくても、怖いほどの迫力があった。
「才能のありなしなんて、自分にしか決められないわ。『ここで終わり』そう決めたところまでが、ソイツの伸びしろって奴なの。伸びしろこそが才能のならば、誰にも他人の才能なんて決められない」
落葉は、ぎゅっと拳を握りしめる。
「武道の世界なんて、男である時点でズルをしているようなものよ。それでも研鑽を続けていけば、女でも男を追い越せる。そこまで、努力を続けられるかどうかが才能なの。男を喜ばせる才能なんてあるわけない。そんなの男が勝手に喜んでいるだけでしょ」
今でこそ剣技が冴えている落葉だが、彼女も女性特有の肉体の弱さの壁にぶち当たったことがあったのだろう。けれども、その壁に落葉は正面から向き合った。
そして、今に至るのだ。
「その教師と親に再開したら、今まで我慢していた分だけボコボコに殴りなさい!出来そうになかったら、私が殴るから。そして、モンスターの餌にしてやればいいのよ」
落葉の勢いに、充は泣きそうな顔をしていた。
充の気持ちは、よく分かる。
自分は何も悪くないのに、落葉の言葉の勢いでは叱られたかのような気持ちになってしまう。俺と一葉は、二人で落葉を落ち着かせようとする。
「同じ女性として思う所はあると思うんだが、少しは落ち着けって。ほら、充のヤツも泣きそうだから」
そう言うが、落葉の鼻息は荒いままだ。
「落葉、少し深呼吸しろ」
一葉の言葉に、落葉は大きく深呼吸した後に「落ちているわよ!!」と今までよりも大きな声を出した。怒りで我を失っているとはこのことである。
「あの……違うんです」
充は、浮かんでくる涙を拭きながらも微笑んだ。
「私の周囲では、こんなふうに言ってくれる人なんていなくて……。それで……びっくりしたけど……うれしくて」
落葉の形相や勢いも怖かったのだろうが、被害者であった充自身のことは叱らなかった。充が悪いとは一言も言わずに、親と教師の悪事について怒ってくれた。それが、充はとても嬉しかったのかもしれない。
被害者側の方にも問題があったのではないか、と人は考えてしまうことがある。気弱な充なら、彼女の精神的な弱さが加害者の行為をエスカレートさせたと言われたことだってあったのかもしれない。それは、とても辛い事だろう。
「……やはり、落葉だ」
ぼそり、と一葉は呟いた。
人のために怒れる人間など少ない。その少ない人間の一人が落葉であり、それを一葉も知っていたようだ。さすがは、父と呼ばれているだけはある。
一葉は立ち上がり、鍵のかけられた部屋から二振りの刀を持ってくる。彼は、紫の袋に入れられた刀をそれぞれ丁寧に取り出した。
見た目からして重量がある刀は、間違いなく真剣であろう。木刀とは、品物が醸し出す緊張感からして違うのだ。
そして、片方は俺にとって見覚えのある刀だった。前の時間軸では、落葉の愛刀だったものだ。
「使え。今から真剣での稽古をするぞ」
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