第40話家族への愛


 革手袋を持った充が、俺に話し掛けてきた。


 俺の方はというと会社の一室を借りて、ありったけのハサミを鋭く研いでいた。


 ナイフ代わりに出来ればと思ったが、これが良い感じに尖るのだ。ハサミは刃物の内に入らないだろうと侮っていたが認識を改めなければならない。


「縁君、これを作ってみたんだけど……使い物になるかな?」


 充が持ってきた革手袋は、たぶんバイク乗りが使うライダー用のものだ。拳を守るために金属を貼り付けており、充が作ってくれたものだろうと一目で分かった。


「縁君の戦い方を見ていたら……こういうのも必要かなって。……社員たちに色々ともらったの」


 少ない資源のなかで武器を作ってもらえるのは、俺たちにとってはとてもありがたい。礼を言ってから、俺は手袋を装着してみる。少しだけ大きい。


「あっ……その……調節してみるね。駄目だったら手首のところに紐を付けるとか考えるから」


 充は、俺が思っていたより器用な性質にようだ。


 細やかな気遣いも、今はとても助かる。


「ありがとうな」


 充に手袋を返せば、彼女は嬉しそうに笑った。はにかむような笑顔は、年頃の少女らしくて可愛らしい。


「こうやって……縁君の役に立てて……すごく嬉しいの。こんなに嬉しいなんて……夢みたいで」


 些細なことで感情が揺さぶられてしまう乙女心が、中身がおっさんの俺には眩しい。男なんて星の数ほどいるのだから、充には俺以外の男を見つけてもらってほしいのだが。


「細波もなー……。今は美少女だし」


 俺と同じ条件だからという以前に、絶世の美少女顔になってしまった知り合いを恋人に勧めるのは罪悪感がある。女として自分より綺麗な恋人を持つのも微妙な気分であろう。


「今はって……将来は性転換をするの?細波っていう子も……その未来の記憶があるんだよね。……だから、男の子っぽいのかな?」


 充は、細波を少女だと勘違いしているようだ。無理もないだろう。声だって少しだけ低いだけだから、余計に少年らしい部位がない。


「細波は、手術も戸籍も変えないから。あいつは、今も昔も男だよ」


 充は、目を点にした。


 気持ちは分かる。俺だって、細波と初対面だったら勘違いしていただろう。


「あんなに……綺麗な人が男の人なんて。……未来では……そのモテてたのかな?」


 充の純粋な疑問に、俺の顔は引きつった。


 細波は女にも男にも外国人にさえ、求愛される人間なのだ。あまりにもモテるので『俺よりも射撃の上手い奴としか付き合わない』と宣言して、挑戦者を千切っては投げ千切っては投げをしていた猛者である。


「ちょっと尋常じゃないぐらいにモテていたな……」


 落葉の告白をアシストしたのは細波だが、普段は俺が細波への告白を手伝わされそうになったものだ。細波が本気で嫌がっていたので、手伝ったのは数回だけだが。


「そういえば……。細波があんなに人のために何かをしたいって言うのは、初めてなのかもな」


 愛されることが迷惑という顔をしていたのに、今回は兄のために必死な顔をしている。


「身内に対する愛って、大きいよな」


 俺達だって、人のことは言えないだろうが。



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