第41話細波の話



「俺と兄さんは血が繋がってない。親が再婚した連れ子同士だからな」


 モデルガンの改造を終えた細波が、俺と充の会話に入り込む。


 文句のつけようがない美貌の話をさっきまでしていたせいもあって、俺と充は細波の顔を見るのが照れくさくなってしまった。細波は、俺たちの様子がおかしい理由を悟っていた。


「なれろって。中身は、いつもの俺だぞ」


 自らの顔を見て、相手が照れることに関して細波は飽き飽きしているらしい。美形の価値観は、普通の人間とはちょっとばかり違うらしい。


「その顔になれろって言うのは、なかなか無理があるぞ。ものすごい綺麗なんだぞ。中身は細波だって知らなければ、俺だって側にいるだけで浮かれそうだよ」


 美人が隣にいれば、男として嬉しいものだ。


 ただし、中身は旧知のなかの細波となれば嬉しくはならない。


「俺は、この顔のせいで苦労ばっかりなんだよ。今より小さい頃は何度も誘拐されかけるし、ぼーと人に見惚れて話を聞かないヤツだっているし。あと、俺の中学生のころのあだ名は『白雪姫』だったんだぞ」


 白雪姫は黒檀のように黒く、雪のように白く、血のように赤い姫が欲しいと母親が願ったことから始まる物語である。まさに、細波を体現したような姫の物語だ。随分と教養あるあだ名を付けられていたようだ。


「あー、思い出しても腹が立つ」


 だが、本人は気に入っていなかった。


「ともかく、俺と兄さんは血が繋がってない。父さんと母さんが結婚しなければ、他人のままだったんだ」


 細波は、兄に対しての興味の希薄さを今更になって気取っていた。


 いいや、俺達が自分の兄を殺すかもしれないという可能性に対しての自己防衛なのだろう。あるいは、俺たちを巻き込んだ罪悪感をまだ感じているのか。


「それでも、細波は兄として慕っていたんだろ。いいんだ。……それで」


 最初のモンスターの出現時に死んだ俺の両親は、救いようがなかった。離れた場所にいてたどり着けなかったし、時間が巻き戻ったばかりで俺も自分の身を守るのに精一杯だったのだ。


「俺は、これでもお前らのリーダーだと思っている。だから、お前らの家族――幸せごと守ってやるよ」


 俺の言葉に、細波は虚を突かれたような顔をしていた。そして、唇を尖らせて顔をそらす。美少女顔が、一気に俗っぽくなった。しかし、それでも十分に美しい。傾国の姫が、雑誌から抜け出した程度の美少女になった程度の変化であるからだ。


「格好をつけるなよ。……そうだよ。俺は、兄さんのことが大好きだよ」


 観念したように細波は、本心を告白する。


「だって、あの人は底抜けのお人好しなんだよ。警戒心丸出しだったチビの俺とも、いつも一緒に遊んでくれた」


 細波は、忌々しそうに自分の顔を指差す。


「この顔のせいで、何度もトラブルに巻き込まれているんだよ。誘拐未遂だって、二桁もいったし」


 細波ほどの美しさならば、さもありなんであろう。


「だから、俺は上辺ばっかりニコニコしてた。父さんの幸せを壊す気もなかったから、笑ってるふりだけしてやり過ごそうとしていた。そんなガキに、兄さんはしつこい程にかまってくれたんだ」


 少しだけ幸せそうな顔で、細波が笑う。兄と過ごした時間は、きっと良い思い出なのであろう。だからこそ、今が辛くて仕方がないのだろう。


「そんなんなのに、兄さんは俺の復讐のために母さんを殺そうとしている。俺がいなければ、あの二人は仲が良い親子のままだったと思うのに……」


 細波の拳は、震えていた。


 自分の存在すら後悔している細波の姿なんて、俺は初めて見た。どんな言葉をかけていいのかも分からずにいれば、充が細波の手を両手で包む。


「ち……違うと思います」


 美しすぎる細波の顔を直視できずに、充は顔を背けながらボソボソと喋る。


「人って一人との関係では……その変わったり、行動を起こしたりとかはしないと思うんです。私は学校の先生とか同級生に色々とされて、親が助けてくれないかったから……こういう自信がない性格になったと思うんです。お兄さんも細波君の影響だけではなくて……色々の人の影響があったと思います」


 それ以上の言葉が続かずに、充は押し黙ってしまった。


 俺は、細波の肩を叩く。


「つまり、自分のせいだと思うなってことだ。お前は誰の運命も歪めてないし、他の人との仲も壊してないからな」


 細波の瞳に、薄っすらと涙が浮かんだ。女の子を泣かせてしまったようで、俺は焦ってしまう。この綺麗すぎる顔は、本当に色々な意味で心臓と心境に悪い。


 自分の涙に気がついた細波は、乱暴に目を拭った。少年らしい乱暴な仕草に、俺はほっとした。記憶にある細波の誓い仕草だったからである・


「変に歳上ぶるなよな。縁のくせに」


 いや、俺は立派な年上だ。


 けれども、俺は黙っていた。細波が、笑っていたからだ。後ろめたさなく、吹っ切れたような笑顔だった。


「銃の準備は出来た。縁もいるだろ?分かってると思うけど威力は弱いから、分厚い服でも着ていたら人間の皮膚までは届かない。薄手の服だったら、ぎりぎりってところか。出来るだけ皮膚の薄いところを狙ってやれ」


 動き回っている相手に当てるだけでも大変なのに、細波のように人体の弱点を正確に狙えるわけもない。人体の急所というのは、と小さくて狙いづらいのだ。 


 細波が拳銃と弾丸を渡してくるので、俺はなんて事ない顔で受け取った。いつものやり取りだからである。だが、充は悲鳴を上げた。


「ひやぁ!……それって、本物じゃないですよね」


 カタカタと震える充に「本物に限りなく近い偽物。当たりどころによっては、人も殺せる」と細波が本当のことを言って、怖がらせてしまっていた。

 

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