第9話教師の弱さ



 羽衣が一人で教室に戻れば、さっきまで窓に張り付いたクラスメイトに囲まれた。予想はしていたことだが、実際に取り囲まれると少しばかり困る。なにせ、羽衣には聞かれても答えられるような事がほとんどない。


 立場としては、クラスメイトたちと同じだ。強いて言えば、一番近くで一番すごいものを目撃した人間だろうか。


「おい、さっきの何なんだよ。モンスターが人を殺していて……」


「縁君って、なんであんなに強いの?素手で戦っていたけど格闘技を習っていたの?」


「おい、どうしてアイツはモンスターがくるって分かっていたんだ?」


「モンスター相手に、あんなに戦えるって。無双なのか!無双ってやつなのか!!」


「戦っている男の人が格好良いだなんて、本当にだったんだ。惚れそうなんだけど」


「分かる。ちょっとアタックしてみようかな」


「というか、縁はどこに行ったんだ!守ってくれないのか?」


 最後の一番情けないセリフは、古典の教師のものだ。普段は偉ぶっているくせに、なんとも情けない。


 羽衣は教師を手放しに尊敬するタイプではないが、それだって呆れてしまう。彼は、相手が生徒であっても強者に守られたいという態度を隠そうとしない。生徒を守るのが、教師だろうに。


 理想を言ったところで始まらないし、理想はあくまで理想だ。教師だって人間なのだから、精神的に弱くても責める事はできない。


「縁は行くところがあるって言うので、別行動ってことになったから。まぁ、避難所の場所は教わったし、あとは各自で行動して」


 羽衣はクラスメイトにノートを見せるが、その反応は様々だ。羽衣は、なんとなくクラスメイト達の反応をさぐってしまう。


 モンスターが人を食らう光景を間近に見たせいで、警戒心のようなものが強くなっているのかもしれない。それは、生物的な本能から来ている反応に思われた。


 観察をしていないと死ぬ。


 一回の戦闘で、それを羽衣は縁から学んだ。縁の視線は、常に敵対するモンスターに向けられていた。そして、彼らがどのように動くのかを観察していたのだ。


 生き残るためには、学ぶことが今まで以上に必要になる。羽衣は、そう感じた。だからこそ、縁という強者の真似をする。まずは、クラスメイトの観察からだ。


 避難生活になるのかと不安になる者。


 家族の安否を心配する者。


 行く場所を見つかったことで安堵する者。


「充は、縁と一緒に行動するらしいから。俺も親の勤め先を確認して、近くの避難所に向かうわ」


 羽衣の両親は、同じ会社で働いている。父親は営業職だから外回りかもしれないが、事務の母親は会社にいるだろう。兄弟のいない羽衣にとって、真っ先に安全を確認したい身内は二人だけだった。


「そっか……。スマホが使えないもんね」


 女子生徒は、不安げにスマホを握りしめる。電波塔でもやられたのだろうか。スマホの電波は届いていない状態だ。電話もネットも使えないならば、自分の足で大事な人間の安否を確認するしかない。


「……避難所とか身内の安否の確認にいくなら、方向ごとにグループでも作るか。こんなときに一人で動くのは不安だろうし」


 怯えるクラスメイトの姿を見て、そのような提案を羽衣はした。


 自分の目的地までは遠回りになるだろうが、英雄になれないのだからこれぐらいは役にたちたい。


 それに、怯える女の子を見るのは気分が良いものではない。面倒くさがりの羽衣だって年頃の男なのだ。女子を守りたい気持ちがないわけではない。


「お前たち、縁を追いかけなくていいのか!モンスターを倒せる人間がいないのに、外に出たら危ないだろうが。いますぐに呼び戻して来い!!」


 古典教師の声が教室に響き、生徒たちが騒めきだす。


 自分勝手な古典教師の発言に羽衣は、思わず舌打ちした。モンスターが来ると言った縁の発言を否定したことは仕方がないが、ただただ守られていた人間の言葉ではないと思うのだ。


 縁は、自分が出来ることは十分してくれた。後は、自分たちで決めるだけだ。この場にいる人間たちは、全員が幼い子供ではない。


 羽衣の態度は古典教師には反抗的なものに映ったらしく、彼の怒りが突然に爆発する。教室に、古典教師の大声が響いた。


「な……なんだ。その態度はなんだ!教師に向かって!!」


 完全なる八つ当たりだ。


 怖いのは分かるが、自分が教師あることや大人であることを完全に忘れている言葉であった。


「縁は、十分なことをしてくれたって。非常事態なんだし、一刻も早く身内の無事は確認したいだろ。守られていただけの俺達が、それを止められるかよ」


 羽衣だって、身内の安否は不安だ。だからこそ、早く確認がしたい。縁の気持ちが分かるからこそ、縁の行動を羽衣は止められない。止めようともしなかった。


「しかし、仲間を守らないのはクラスの一員として如何ものかと思うぞ。こんなときこそ団結をだな……」


 結局のところ、古典教師は自分の身を守りたいだけだ。


 あまりにも情けなかった。


「クラスメイトなんて、知人の集まりみたいなだけだろ。知人よりも身内だ。団結は必要だけども、ここで発揮する必要はない」


 ざわつくクラスメイトたちの考えも一枚岩ではない。古典教師の考えに賛成な人間だって多い。それでも、クラスメイトよりも家族を優先したいという気持ちに理解を示すことも出来た。大声で騒ぎ立てないだけ、古典教師よりも大人である。


「俺は、南の方向にいって親の会社の様子を確認しようと思う。一緒の方向の奴はいるか?」


 羽衣の言葉に、ちらほらと手が上がる。その内に、別の方向に帰るグループも出来上がっていく。


 なかには家に帰りたいというのではなく、兄弟姉妹いる学校や会社にいる親の安否を確認したいという意見も出てくる。なんにせよ、自分で動こうとするクラスメイトの姿勢には羽衣は好感が持てた。


「お前たちは、怖くはないのか!外にはモンスターがまだいるかもしれないんだぞ」


 古典教師は、相変わらず自分の身の安全しか考えていなかった。


「まったく、あんな男にはなりたくはないものだな」


 羽衣は、ぼそりと呟いた。

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