第8話少女の選択
モンスターたちは、ゴブリンとオークが倒した俺を警戒しはじめていた。
逃げることしか出来ない生徒のなかで、自分たちを倒せる個体が現れたのだ。彼らにとっては、晴天の霹靂だったのだろう。人間とは弱い生物だと覚え始めたのに、警戒すべき相手が出てきたのだ。
俺は羽衣と充を背で守りながら、じりじりとモンスターの群れから距離をとる。血気盛んな個体が挑みかかって来ることもあったが、それはさっきと同じ要領で倒す。
正面突破して校庭を逃げるには、いくら何でもモンスターの数が多すぎる。第一に、腰を抜かした充に関しては走れるかどうかも分からない。
いつまで、そんな緊張状態が続いたであろうか。
モンスターたちは互いに鳴き声で会話をして、校庭から出ていった。恐らくだが、偵察という役割を終えて去っていったのだ。
俺は、深く安堵した。
正直な話、丸腰で戦い続けられるモンスターの量ではなかったからだ。あきらめる姿などは付け入る隙を与えるだけなので、モンスターたちには見せることは出来なかったが。だが、最後まで強気の姿勢でいることは精神的にも疲弊する。
しかし、思わぬ誤算があった。
俺の体力や躰に染み込んだ技術。
それらは、以前と変わらない。未来に身につけるはずの技術を過去に持ってきている。どのような理屈なのかは分からないが、ここにいる世界が単純な過去のものというわけでもないのかもしれない。
SFには詳しくないが、この世界と前の世界とは時間軸自体が違うのだろうか。いや、時間軸が違うとしても経験や記憶を引き継ぐということは可能なのか。というか、この現象は何が原因で起こったのだ。
分からないことは山のようにあるが、今のところは記憶の通りに物事は進んでいる。変わったことは、俺の行動ぐらいだ。
「縁くん……。あの……どうして、そんなに強いの?」
充は、茫然と俺を見つめていた。
羽衣も同じような表情だ。
俺が守った二人のことを思い出し、彼らが生き残ったことも前の時間軸とは変わったことだと思った。この状況の変化がどんなことに繋がるかは分からないが、目下の問題は強すぎる俺の理由を説明して充たちを納得させることだろうか。
「えっと……ちょっと修行を」
最初から最後まで丁寧に説明したら、頭のおかしい人間だと思われてしまう。俺自身だって、受け入れがたいのに。
「そうなんだ。帰宅部だったのは、道場とかに通っていたからなんだ」
充は、いとも簡単に納得してしまった。人間は都合の良い様にものを解釈するというが、これもそういうものなのだろうか。
それにしても、在学中は接点がないと思っていたのに充は俺が帰宅部なんてよく知っていたものだ。
俺は、充が学級委員長でなければ名前すら覚えていなかっただろう。なにせ、在学中はほとんど会話をしたこともない。
「あの……。もしかして、覚えられてないのかな。ほら、修学旅行のときに」
充の様子から言って、俺は彼女と喋る機会があったようだ。残念ながら青春時代は俺にとって遠いもので、隣の席に座っていた鈴木のせいで奈良の鹿に襲われた記憶ぐらいしか残ってない。あいつに押し付けられた鹿せんべいに、鹿が群がったのである。
「鹿せんべいをくれたよね」
俺は、そんなことをやっていたのか。
自分の行動なのに、まったく覚えてない。鈴木と同じく鹿せんべいを持て余したので、誰かに押し付けただけだと思うのだが。
「……クラスに馴染めない私に話しかけてくれて、それが嬉しくて。……それで」
余った鹿せんべいを押し付けただけの気がする。気弱な彼女の性格を利用したのだろう。本当に申し訳ない。
「私……。あのときから」
修学旅行の件は、謝罪などはしなくても大丈夫そうだ。申し訳ないが、本人は鹿せんべいのことを気にしていないようだし。
「充、文房具とノートを貸してくれ」
俺の申し出に、充はきょとんとしていた。しかし、慌てて鞄の中身を漁る。
文房具を受け取った俺は、記憶にある限りの避難所になっていた施設の名前を書き出す。途中で何度も手が止まったが、それはご愛敬だ。
むしろ、五か所以上も覚えていた俺を褒めて欲しい。避難所の名前を書き終えたので、それを俺は羽衣に押し付けた。
「今回は、校舎にモンスターが入ってない。クラスの奴らも無事だと思うから、これを見て都合が良い所に避難してもらってくれ。それぞれの実家の場所が近いとか色々あるだろ」
俺がモンスターの注意を引いたせいもあって、校舎にモンスターが侵入した形跡はない。結果的には、クラスメイトの全員を生かすことが出来た。
「……」
俺は、校庭を見た。
モンスターに襲われた生徒たちの死体が転がっており、無惨な光景である。彼らを守ることは不可能だった。俺は、そこまで強くない。
だから、最初から切り捨てた。
「嫌な大人になったものだな……。いや、こんなことを考えるのは横暴か」
せめて彼らを弔ってやろうと考えて、ここは前の時間軸ではないことに気がつく。まだ葬儀屋だって機能しており、家族と別れの時間だって設けられるのだ。
前の時間軸では葬儀屋などすでに機能はしておらず、感染症を防ぐためにも死体はその場で焼くことが推奨されていた。家族の死に目に会えるのは、幸運なことであったのだ。
「避難所のメモを渡してくれたということは、縁君はどこかに行くの?」
充は、なおも不安げだった。
けれども、俺も行くべきところがある。
「私……縁くんに着いていく」
その言葉が意外すぎて、俺は「なんで?」と聞き返してしまった。
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