第2話部下の正体


 黒塗りの車は、迷彩のトラックに挟まれて走っていく。黒塗りの車に乗っているのが護衛対象と落葉で、一番後ろの迷彩のトラックに乗っているのは俺と細波だ。細波は、朝からニヤニヤして楽しそうだった。


 彼にしては、珍しいぐらいに下世話な笑いである。普段はすました印象が強い細波であっても他人のコイバナが楽しいだろう。自分のコイバナは大嫌いなくせに。いや、コイバナというほど可愛い話でもないが。


 昨日の告白に協力者は、細波で間違いないだろう。そうでなければ、俺をタイミング良く部屋から追い出すものか。追い出された俺は屋上ぐらいしか行く場所がないわけで、そこを落葉が待ち構えるという作戦だったというわけだ。


「縁、どうする?落葉はなかなか美人だし、悪い話でもないだろう」


 俺は、細波の頭を叩いた。


 他人の色恋に首を突っ込む若者には丁度良い処罰だと思ったが、叩かれたところで痛みはないようだ。細波からは、笑みは消えない。いかにも若者らしい賑やかさと明るさで、俺は少しばかり嫌になる。


 それでも、嫌悪感というものは感じない。細波という青年のズルいところは、どんなことをやっても好感度が落ちないというところだろうか。


 今だって、俺は「しょうがないな」と思ってしまっている。落葉よりも細波は年上だけれども、年下のようなあどけなさがあるのである。


 亡くなったが兄がいたと言っていたから、そもそもが末っ子気質の人間なのであろう。


 なお、これでも細波は銃の腕前は日本で五本の指に入る。正確無比の射撃はもはや芸術と言われており、ついでにいうと雑誌から出てきたような美形でもある。細波が女性陣の人気を根こそぎ奪っているのにも納得できるというものだ。


 俺みたいな落ちぶれそうな人間ではなくて、落葉はこんな若者を好きになるべきだと思うのだ。


 細波は人形のように上品な顔立ちしており、それも若い女性の人気が高い一因だ。実は異国の王子様ですと言っても通じるような甘い顔立ちだが、喋らせれば普通の気の良い若者である。高貴な雰囲気など微塵もないのだ。


 落葉が細波を好きだと言ったら、俺はすんなりと納得していただろう。そして、何のためらいもなく祝福をしていた。


 落葉には悪いが、俺はこれぐらいには薄情な人間なのである。


 俺こと飯田縁は落葉と細波と共にチームを組んでおり、三人の中では最年長だ。そのため対外的にはリーダーということになっているが、俺達のなかに上下関係はない。出会った日に同郷だと知って、そこからは砕けた関係を築いている。


 それでも、最年少の落葉とはかなり年齢が離れている。落葉にも話した事もあったがダンジョンからモンスターが現れた運命の日に俺は高校生で、彼女はまだ小学生だった。


 それぐらいに歳が離れていれば、見てきたものも感じてきたものも違うのだ。若者同士が付き合う気苦労とは、別の苦労だってかけることだろう。


 互いに大人なのだから気にすることはない、と言う人間はいるだろう。細波なんぞは、気にしないタイプだと思う。


 しかし、俺は気にしてしまうのだ。俺のような年寄りが、若者の貴重な時間を奪ってしまわないかと不安になるのである。俺は、あまり立派な大人ではないから。


「落葉は、こんなオジサンのどこがいいんだか……。細波の顔にまいってくれていたらいいのに」


 俺の呟きがツボに入ったらしく、細波はばしばしと俺の背中を叩いている。防弾の服を着ているから痛くはないが、男に力任せに叩かれると身体が揺れて気持ち悪くなってくる。俺は三半規管が強くないので、トラックとの揺れと体の揺れに襲われると辛いのだ。


 ちなみに運転中でもあるので、叩かれるのは普通に危ない。しかし、そんなことを細波は気にしていない。命を惜しむような性格をしていたら、兵士なんてやってはいないだろう。


 こんなんでも俺たちのなかでは一番慎重な性格であるのだから、今の細波の頭はよっぽど茹っている。思い返せば、細波以外の人間の恋の話は久々だ。自分が関わらない恋の話は、よっぽど面白いのだろう。


「仕方ないって。俺と落葉は、歳上趣味なんだから。落葉が告白しなかったら、俺がしていたかもしれないぜ」


 悪戯っぽく笑う細波の顔は、うっかりすると見惚れてしまうほどに美しいものだった。さすがは、有無を言わさない王子様な顔だ。この顔に、ころっといってしまう男女が多いことにも納得である。


 精密な射撃を得意としている、細波。


 日本刀で数多くのモンスターを屠ってきた、落葉。


 日本屈指の優秀な兵である二人が、特に強みもないような俺を心の底から慕ってくれているには理由がある。彼らは、モンスターによって親しい人間を亡くしているのだ。


 落葉は、剣の師匠


 細波は、義理の兄と母。


 つまり、二人は俺を通して亡くした大切な人を見ているのである。俺にだって、それぐらいは分かってしまう。普段ならば、それだって良いだろう。


 人の人生は短いのだから、亡くした者に対する慰めというのは必要だ。モンスターと戦いによって自分さえも隣り合わせの人生を送っているのならば、尚更に自分自身を慰める術は必要であろう。


 けれども、恋愛ともなれば話は別だ。



 誰かの面影を求めて他人に恋をしているというのならば、それは本当の想いではないのではないだろうかと思ってしまうのだ。その考えがあるからこそ、落葉の告白に応えることに俺は躊躇を覚えてしまう。


「落葉は死んだ人間と縁を混同なんてしてないからな。それだけは、間違ってやるなよ」


 考えを読んだかのように、細波に注意された。


 俺は、どうしたものかと肩をすくめて見せる。


「まぁ、今日は告白関連の話題は止めた方がいいかもな。なんせ、今日の護衛対象が落葉の父親だし」


 細波の言葉に、俺は目を見開いた。


 護衛対象は日本で使われている武器の製作を引き受けている大企業の社長なので、落葉はとんでもない金持ちのご令嬢ということになる。


 初耳である。というか、そんな人間が兵隊なんてやっていていいのだろうか。


「それって、兵士をやっている身分の人間じゃないだろ」


 普通だったら、落葉は護衛される側の人間だ。命をかけてモンスターと戦わなくても良いはずで、どこかの安全な地域で安念な暮らしを出来るはずであろう。


「落葉が、守られているだけのお嬢様になれるわけがないだろ。戦って、守る。それが、落葉と俺達の生き様だって。それに父親が死んでも財産は会社ものになるから、落葉が金持ちってわけでもないらしい」


 落葉に渡される遺産は、すでに生前分与として与えられているらしい。そして、その結構な金額は刀剣本体や手入れの道具の購入費などに使われたらしい。使われているではなく、使われたというところに遺産を全て使い切っている潔さを感じる。


 いつ死ぬか分からない稼業ではあるから宵越しの金を持たないような感覚は分かるが、財産を使い切ったと聞くと勿体なく感じてしまう。これは、俺が庶民感覚だからなのだとうか。


 しかし、使い切ったところで落葉は新たな遺産を手に入れることはできない。父の遺産には、落葉は触れられないようになっているらしい。


 財産の大半を会社の運営資金に出来るようにという作戦らしい。ドラマだったら遺産目的で事件が起きそうだったが、近親者は落葉だけだから争いが起きる心配はないとのことだった。つまり、落葉は財産が会社の運営に注ぎ込まれることを納得しているということだ。 


 遺産を生前相続にしたという落葉の父の考えを察して、俺は黙り込む。


 落葉の父は、日本で武器を生産し始めた最初の会社だ。最初は沢山のバッシングを浴びたが、今ではモンスターとの戦いに欠かせない企業となっている。そんな会社を一族経営にさせないために、落葉の父は娘を遠ざけたのだろう。


 会社に必要なのは創業者の血ではないと判断したのである。会社を私物化する人間とは、真逆の考え方だ。会社に存続と武器の生産こそが、自分の役割と落葉の父親は思っているのだろうか。


「立派な人というか……。どこまでも自己犠牲的というか……。落葉と似ている人なんだな」


 顔も見たことない落葉の父に、俺は尊敬の念を抱いた。彼の頭にあるのは贅沢ではなく、モンスターとの戦いへの献身なのだろう。その潔さは、戦い続けている落葉の姿にも似ているような気がしてならない。


「それって……縁側は落葉に良い印象を抱いている言葉って受け取って良いのかな?」


 未だにコイバナをしたがっている細波を注意しようと考えたときであった。


「なんだ!」


 突如、前を走っていた黒塗りの車が急ブレーキを踏む。ハンドルを握っていた俺が機転を利かせて衝突は防げたが、黒塗りの車の向こう側から煙が見えた。


「襲撃だ!」


 俺の叫びと共に、細波が銃を抜いていた。


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