モンスターが出現した地獄の時代は繰り返す

落花生

第1話部下からの告白は月下で

「満月が綺麗だから眺めて来たらいい」


 風流なんて気にもしないはずの同室の後輩が、そんなことを寝る前のわずかな自由時間に切り出した。


 月の満ち欠けに興味なんかあるのかよと軽口を返す前に、言い出しっぺの後輩は銃の手入れを再開してしまう。


 後輩の真剣な表情に水を差すのも申し訳なくて、俺は仕方なく立ち上がる。匂いが出るような作業をするから部屋の外に出ていろ、という意味だったのだろうかと遅れて気がついた。


 銃に使う油は、それなりに嫌な臭いがするのである。室内で使うにはもうしわけなるぐらいには。


 だったら素直に言えばいいのに、と俺は呆れてしまった。反抗期というわけでもあるまいし。


 部屋を後輩に追い出された俺は、行く場所もないので言いつけに従って屋上に向かった。


 仕事でもないのに夜に建物の外に出るのは気が進まないし、何かがあれば仲間に迷惑をかけてしまう。そんな可能性までを犯してまで夜の世界に憧れるほど、俺は命知らずでも若くもなかった。それに用事なんてものだってない。


 屋上前のドアにたどり着いた俺は、ためらうことなくドアノブに手をかけた。


 昔ならば施錠されていたはずの場所は、子供たちがいなくなってからはイタズラするような悪童もいないので開けっ放しになっている。屋上に出てみれば、外の空気は少し肌寒い。


 上着を持ってくるべきだったかと数分前の自分の行動を後悔し、同時に夜空に浮かぶ満天の星に寂しさを覚えた。街から明かりがほとんど消えた故に、夜空の星は美しく輝いているのだから。


「たしかに、今日は良い月夜だ。……あいつは、さみしくはならないのかね」


 月は、今も昔も人間の夜の世界を知っているはずだ。今の世界では、夜はあまりに寂しい。破壊された街からは、夜を照らす闇が消え去っていたからだ。


 それでも日中は、それなりに賑やかにもなる。元学校であるこの拠点だって、人々の営み賑やかになる。天気の良い日の屋上では、非番の連中たちが干す洗濯物が並ぶ。しかし、それも日が落ちれば取り込まれた。


 そうすれば、建物はつかの間だけ本来の姿に近づくような気がする。子供たちが遊んでいた本来の学校の姿に。


「今日は冷えるな……」


 ここは、元々は小学校だ。


 しかし、本来の使われ方をすることはもうないのだろう。校庭に張り巡らされた有刺鉄線と昼夜問わず配置された見張りの兵達を見れば、ここの日常が戦場である分かる。かく言う俺も、明日になれば戦闘服を着て任務に当たる兵隊だ。


 十年ほど前に、世界中に突如としてダンジョンと呼称される洞窟が現れた。何百と出現した洞窟には世界中の注目が集まり、それぞれの国で調査隊が送り込まれて二度と帰ってこなかった。


 ダンジョンから現れたのは異形のモンスターたちに、一人残らず殺されたのである。


 そこからは地獄だった。


 ダンジョンから溢れ出るようにして現れた意思疎通の出来ない猛獣のようなモンスター。人間並みの知能を有し、不思議な能力を駆使する魔族。


 彼らが、俺達の日常を壊したのだ。


 現代兵器で戦っていた各国の軍は最初こそ優勢であったが、尽きることのないモンスターの群れに物資が不足しはじめた。さらに海上と空中を行動できるモンスターの増加によって貿易が難しくなり、国同士が孤立したのだ。


 これに大きなダメージを受けたのは、主に島国だ。限られた国土から武器や食料を全て生産しなければなり、土地をモンスターから守ることが今まで以上に重要になった。


 土地をモンスターや魔族に奪われるということは、物の生産量に限界がある島国に住まう俺達にとって死活問題なのだ。だからこそ、モンスターと戦う兵士となった俺たちへの期待も大きい。


「縁、遅かったじゃない」


 屋上には先客がいた。


 腰に日本刀という物騒なものをぶら下げている細身の女である。彼女は、野間落葉である。


 武器が日常的に不足する戦場に置いて、様々な武器を駆使する兵の姿はあれども日本刀を携える落葉の姿は目立つものだった。戦いの邪魔にならないショートカットと意志の強さを感じる凛とした雰囲気が、いかにも軍に所属する女性らしい。


 俺を追い出した工藤細波と同じく、俺とチームを組んでいる歳下の仲間でもある。明日からも、共に護衛任務に当たることになる仲間でもあった。


「遅かったって……。なんか、天体のイベントでもあるのか?百年に一度の彗星が近付く日とか」


 俺は、生憎と空の話題には疎かった。どんなモンスターが上空を飛ぶのかは知っていたが、夜に浮かぶ星々の名前は北斗七星ぐらいしか知らない。


 これぐらいに空に疎いに人間なので、細波に追い出されなければ夜空を見に来ることはなかっただろう。改めてみれば、夜空だって綺麗なのに。


 俺の疑問に、落葉は眉を寄せた。


「細波から聞いてなかったのね。まぁ、良いわ」


 落葉は真剣な顔で、俺を指差す。


 鋭い目つきの彼女を見て、俺は何か悪いことでもしたのかと焦ってしまった。だが、落葉の口から出てきたのは予想外の言葉だ。


「好きだから、付き合って」


 それは、あっさりとした言葉だった。


 あまりに簡素な愛の告白だ。


「……俺とお前だと歳の差があるだろ。それこそ、八歳ぐらい」


 仲間として接していると忘れがちだが、俺と落葉には結構な歳の差がある。若い女が嫌いというわけではないが、落葉ならばいくらでも優良物件を探せるだろうと思ってしまう。明日死ぬかもしれない俺でなくとも別にいいはずだ。


「こんな世の中なのよ。歳の差なんて関係ないでしょう。私は、あなたが好き。今日は、そういう話をしたかっただけ。じゃあ、明日もよろしく」


 落葉は、何事もなかったかのように去っていった。本当に告白などされたのかと疑ってしまうほどに、落葉の態度はあっさりとしている。屋上に置いていかれた俺は、苦笑いをするしかなかった。


 それにしても、背中を預ける仲間に告白するなんて……。断られて気不味くでもなったら、どうするつもりなのか。俺たちは、互いに互いの命を預けている。気まずい関係になって会話が減ることにより、連携が取れなくなって命に関わることだってあるのだ。


「自信があるのか。それとも、信頼されているのか」


 両方だろうな、と俺は呟いた。


 告白程度では、俺達の信頼は壊れないと思ってもらえているのだろう。こそばゆい想いにかられて、俺は思わず鼻先をかいていた。


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