第3話社長への襲撃


「お父さん、こっちに!」


 黒塗りの車を運転していた落葉は、すでに車から降りていた。刀を抜いて父を背に庇っており、要人を守るための格好をしっかりと整えている。その素早い対応はさすがだ。突然の攻撃にも慌てた様子はない。


 俺達は、すぐに落葉たちのもとに駆け付けた。狙われたショックからなのか社長の息は上がっているが、それぐらいしか変わったところは伺えない。こっちも肝が座っている。


「怪我はないか?」


 俺が尋ねると、すぐに落葉から返答が帰ってきた。


「私たちは、平気。でも、車がパンクした。前のトラックも無理そうね」


 前方を走っていたトラックからは火の手が上がっており、乗っているはずの兵士が脱出する気配がない。死んでいるのか、気絶しているのか。はたまた、脱出できない状態なのか。


「落葉と細波は、護衛対象を連れて俺たちが乗ってきた無事なトラックまで退避!俺は救助に当たるから、動きがあったらすぐに逃げろ!!」


 一番の仕事は護衛だが、仲間を見捨てるわけにはいかない。俺は燃えるトラックに走ろうとしたが、次の瞬間に爆風に煽られた。トラックの炎が、ガソリンに引火したらしい。より一層激しく燃え盛る炎の前では、救助活動を行うのは絶望的であった。


「くそ……。助けられなかったか」


 悔しがっている俺の目の前に、一人の男が現れた。車が爆発した風に長髪がたなびいており、それが俺の目には波打っているようにも思えた。モンスターによって荒廃した街では、彼の小綺麗な格好は浮いている。


「お前は、魔族か……」


 男の独特の威圧感は、モンスターや人間とは明らかに違う。もっとずっしりと重くて、対面していると冷や汗が出てくる。こんな感覚をもたらすモノなの一種類しかいない。恐らくだが、俺の予測に間違いはないであろう。


 魔族は、モンスターと同じようにダンジョンの奥からやってくる者たちである。想像上の幽霊や悪霊のように実態を持たないが、人間との取引によって肉体を乗っ取ってしまうのだ。乗っ取った肉体の知識を有しているために、彼らはモンスターと違った意味で厄介な存在である。


「人間の武器は、段々と強力になっている。ここらで手を打たないと我ら魔族も追い詰められてしまう。だから、まずは旗頭を潰してしまうことにした」


 魔族の男は、落葉を指さした。


 正確には、落葉の背中の向こう側にいる彼女の父親を指さした。日本の武器の製作を一手に引き受けている社長は、魔族にとっては目の上のたん瘤であったのだろう。殺人の予告を受けた社長は、恐れた様子など見せずに不敵に笑って見せた。


「俺を殺したところで、優秀な社員たちが会社を回すさ。あんたは、ここで死ぬけどな」


 「いけ」とばかりに、社長は娘の肩を叩く。それを合図にするかのように落葉は腰に帯びた刀に触れて、その姿を消した。


 いいや、違う。


 人間離れした速さで、魔族との距離を詰めたのだ。落葉の圧倒的な身体能力は、彼女の武器の一つである。男ですらついてはいけない瞬発力は、縮地とも言えるほどの素早さを実現していた。


「私は、父さまを殺した魔族を許さない!」


 気がつけば、魔族の男の腕が地面に落ちていた。俺でさえ見えない早業である。腕を切られた男は、忌々しそうな顔で傷口を抑える。


 魔族の男は、落葉を睨んだ。そして、少しばかり納得したような顔をする。どこか懐かしんでいるかのような表情でもあった。


「この太刀筋。なるほど、あの男の門下でしたか。あの男よりも弱いようですが」


 そんなことを言っている間に、魔族特有の再生能力で男の腕が再生した。


 魔族が恐ろしいと言われる理由の一つに、この再生能力がある。彼らは攻撃にも生命維持にも魔力と呼ばれる力を使っており、それによってダメージはすぐに回復してしまうのだ。これは、モンスターにはない特徴だ。


 つまり、魔族に対する攻略法は一つだけ。


 魔力が消耗し切るまで、戦い続けるのである。


 魔族の男の背から、にゅるりと気味の悪い触手が飛び出てきた。枯れ木のような色をしているが、進んで触りたいようなものではない。その触手は落葉を狙うが、目にも止まらぬ速さで彼女はそれを避けている。


 触手がどのような攻撃をしてくるのかは分からないが、トラックを壊したのが魔族の男であったとしたら油断ならない相手である。


「おい、俺も忘れていないだろうな!」


 叫び声と共に、銃声が響く。


 銃弾は、魔族の眼球を貫いた。生物の目なんて小さなものを撃ち抜くことが出来る人間など、俺は一人しか知らない。細波である。


 細波に奪われた視界によって生まれた隙を見逃さなかった落葉が、魔族の男に一太刀を浴びせた。魔族の傷は瞬く間に回復するも、俺達の風向きは決して悪くない。


 ただし、今回の目的は魔族退治ではなかった。


 俺は社長の腕を引っ張って、乗ってきたトラックに誘導する。娘が戦っているから留まると言い出すかと思ったが、意外なほど素直に社長はトラックに飛び乗った。


「護衛対象の俺が、ここにいるのは邪魔なんだろ。君は、君の仕事をして一刻でも速く落葉たちの助けに入ってくれ」


 俺達にも自分にもやるべきことがある。


 社長は、そう言った。


「俺がいなくとも武器の生産工場は止まらない。ただし、政府への根回しなどが出来る人材が育ちきってない。政治家は、すぐに自分たちの安全ばかりを優先する!」


 ダンジョンの出現後に幾度か選挙は行われそうになったが、全てが緊急事態の名の元に中止されている。そして、重要なポストにいる政治家の顔ぶれは平和だった頃とほとんど変わっていない。


 民間人はモンスターに襲われて死んでいくというのに、政治家の顔ぶれが変わらないというのは彼らが手厚い庇護のなかにいるということだ。


 その理由の根源は、兵士ならば誰でも知っている。


 政府は、社長の会社に武器の原料を優先的に回すなどとの便宜を図っている。その見返りは、優先的に回された材料で作られた武器だった。


 政治家たちは護衛に率先して銃を与えて、自分たちの身を守っている。所以に霞が関の死亡率は低いのだ。


 資源不足の日本では武器は貴重だ。壊れていたとしても武器はリサイクルされて、新しいものが作られる。


 それでも、足りていない。


 細波のような優秀過ぎるガンマンであっても、持ち歩ける弾数は常にぎりぎりだ。彼のようなあるいは落葉のような人材が育って戦ってくれるありがたみを政府の人間は知らないのかもしれない。彼らは、人間が魔族に対する最後の壁なのだから。


 だからこそ、兵士にとって最後の武器は己の肉体となる。落葉のように極限まで己を磨き上げることは難しいが、大抵の兵士たちは肉弾戦でも戦闘の訓練には力を入れていた。


「……ありがとうございます。俺達に武器を届けてくれて」


 アクセルを踏む瞬間に、俺は呟いていた。


 いくら体を鍛えても体格に勝り、能力に勝るモンスターや魔族には勝てない事も多い。武器がある事で生き残った兵は多いし、武器がなければ戦えない兵が大多数だ。


 社長はモンスターの出現初期から、島国の日本が孤立して物資不足になることを見抜いていた。そして、いち早く武器の製造に取り掛かった。


 その際に、世間からは強いバッシングも受けた。たとえ必要になると分かっていても、日本には根強い銃に対するアレルギー反応があったのだ。


 そのバッシングは強かったが、それに社長は耐えてきたのである。時には家族の顔すらネットに曝されて、社長個人の悪い噂まで流れることすらあった。それを考えるならば、落葉の幼少期は辛いものがあったのかもしれない。


 そんな思いをしてきた社長の顔が、俺の言葉によって少しだけほころぶ。その顔は、なんとなくではあるが落葉に似ていた。


「現場の人間にそう言ってもらえれば、バッシングに耐えた日々も報われるよ。一葉だって喜んで……」


 俺の眼の前が、紅く染まった。


 助手席に座った社長の胸には、文字通りにぽっかりと穴が空いていたのである。社長の口からは、ぽたりと逆流した血液が流れていた。トラックの強化された外装を破壊して、魔族の触手が社長の胸を貫いたのだ。


「しゃ……社長!」


 俺が血まみれになった社長の傷口を塞ごうとしたところ、胸の穴からしゅるりと触手が逃げていった。木の根のようなものだ。魔族の男のもので、やはり間違いない。


 フロントガラスを通して前を見れば、落葉が血の気を引いた顔をしていた。彼女の絶望が俺にも伝染したが、あきらめるわけにはいかない。


「死ぬなよ、社長。落葉のためにも死なないでくれ」


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