第4話全滅とタイムリープ


「よくも……。よくもお父さんを!」


 落葉が怒りに任せて、魔族の男に向かっていく。怒りで我を見失えば敵の思う壺だが、俺の方も落葉をサポートする余裕がない。少しでも可能性があるのならば、社長を助けなければならない。


「社長、社長!くそっ!!」


 俺は社長の傷口を抑えながら、首筋から脈を確認す。胸に穴を開けられていたが、奇跡的に社長は即死していなかった。それでも脈も弱っているし、社長の意識もない。俺は医者ではないが、極めて危険な状態であることは分かった。


「血が……血が止まらない!」


 脱いだ上着で俺は傷を圧迫していたが、血で染まる光景を止めることが出来なかった。一刻も早く医者に見せなければ、助けることは絶望的であろう。しかし、肝心の車のエンジンがかからない。先程の触手の攻撃で、おんぼろエンジンが故障したのだ。


「いやあぁ!!」


 落葉の声が響いた。


 彼女の肩は触手で貫かれて、だらりと血塗れになって垂れ下がっていた。愛用の刀を落としているのに、落葉の肩はぴくりとも動かない。


「まさか、利き腕の神経でもやられたのか……」


 腕が動かなくなっているのならば、その可能性は十分にあった。落葉はせめて反対の手で愛刀を握ろうとするが、利き手を使えない状態では難しいだろう。だからと言って、撤退も彼女一人では難しい。


 細波は援護してくれるだろうが、落葉の肩から流れている血が多すぎる。誰かの助けがなければ、素早くは動けないであろう。


 痛みで顔を歪める落葉と目を覚まさない社長。


 両者を見比べて、俺は苦渋の決断を下す。


「こっちだ!魔族野郎!!」


 俺はトラックから飛び出して、拳銃をかまえる。胴体を狙ったせいもあって発砲した分は全弾命中したが、すぐに魔族の傷は塞がってしまった。分かっていることだが、悔しくてたまらない。


「お父さんを連れて、退避して!こっちは私が!!」


 落葉の声が響き渡り、俺は彼女がやろうとしていることを察した。こんな絶望的な状況のなかで、仲間想いの人間がやることなど一つしかない。


 その最悪の予想を変えるためにも、俺は逃げずに落葉の元まで走ろうとする。俺の予想通り、彼女は手榴弾を手にしていた。


「止めるんだ、落葉!!」


 落葉は手榴弾のピンに噛み付いて引き抜き、それを魔族の男に向かって投げつけた。


 五秒後に爆発は強すぎる爆風を生み出し、それに巻き込まれた俺は地面に転がった。爆風は落葉の愛刀ですら吹き飛ばし、爆心地の近くにいた落葉自身は体の半分以上に酷い火傷を負って倒れている。


 魔族の姿がないという事は、手榴弾の爆発の威力で消し飛んだということなのだろう。ともかく、敵の姿が確認できないのならば落葉の延命に周るしかない。


「落葉!」


 意識がない彼女の元まで走って、急いで呼吸を確認した。自発呼吸はなく、心音もない。俺は落葉の防具を脱がせ、両手を心臓の上に乗せる。一定のリズムで心臓を打つが、意識が戻る気配はなかった。


「戻ってこい!戻ってくるんだ!!」


 気道を確保して息を吹きいれるが、落葉の状態は回復しない。この場でのこれ以上の延命処置は不可能である。


「くそっ」


 救えない。


 俺は、自分に好きだと言ってくれた女のことすら救えないのだ。



 ●



「苦し紛れの自爆ですか。面白みのないことをしますね」


 爆発で吹き飛んだはずの魔族の体が、いつの間にか復活していた。粉々になっても復活できるとなれば、この魔族は想像を絶する量の魔力を有していることになる。


「嘘だろ……。落葉は自爆までしたんだぞ。なんで復活するんだよ」


 くやしい、と俺は両拳を握りしめる。その様子を魔族の男は、あざ笑うことなどしなかった。面倒な作業が終わったとでも言いたげな希薄な感情で、俺と落葉の隣を素通りする。


 そして、トラックのなかで事切れていた社長の姿を確認した。その時だけ、自分の仕事をやり遂げたような嬉しさが魔族の男の顔に浮かぶ。


「さて……これで今回の仕事は終わりです。あなたは、まだ戦いますか?」


 魔族の男は、俺に問いかける。


 俺は拳銃を握りしめながら、圧倒的な不利な体面に動けずにいた。命が惜しいのではないと言えば言い訳になるが、無駄死にするわけにもいかないと思ったのだ。この場で生き残れば、いつかは落葉や社長の仇を討てるかもしれない。


 だが、この絶望的な状況であきらめていない人間がいた。


 その人間の存在は、銃声によって知らされる。


「お前は、いつだって俺の大切なものを奪って……」


 膝、眉間、眼球。


 細波は人体の急所を的確に打ち抜き抜くが、魔族の回復は止まらない。残りの弾数の事を考えたのだろうか。細波の表情には焦りが浮かんでいた。反対に、魔族の男はにんまりと笑っている。


「なるほど、あの時の吾子でしたか。見違えたものですね。以前は、可愛らしい少女のようだったというのに」


 魔族の触手が細波に音もなく近づき、彼の持っていた銃をはじき飛ばす。細波が予備の銃を取り出す間もなく、彼の前には魔族の男がいた。


 予想外の移動速度に、細波の目が見開かれる。


 落葉並みか、それ以上の運動能力である。細波はすぐに銃弾を撃ち込むが、それすら魔力の回復によってダメージが通らない。魔族の男は顔を撃たれながらも細波に手を伸ばし、その手首を掴んだ


「取り引きによって、あなたには手が出せません。そうですね……。生かさず殺さずに、永遠に手元に置いておきましょうか」


 俺は魔族の背中に向かって銃弾を打ち込むが、回復されるだけだった。それどころか、魔族の男は俺を顧みることすらない。


 魔族の触手は細波の両手を拘束して、口のなかに触手の端を突っ込む。敵を拘束する際の自害を封じる方法であり、細波は完全に無力化された。


「ちくしょう……ちくしょう……」


 俺は、絶望で眼の前が真っ暗になった。俺たち三人は、何度だって死線をくぐり抜けてきたというのに。魔族の男一人に、壊滅状態だ。


 そんなときに、女の声が聞こえてきた。


 落葉のものだった。


「あ……あきらめない」


 絶望した俺を叱咤するかのように、落葉の声が弱々しく響く。彼女はふらふらと立ち上がり、地面に落ちていた愛刀を手に取る。だが、利き手は動いてはいない。


 酷い火傷すら負っており、動いていることが奇跡のような状態だ。そんな状態であっても落葉は気力だけで立ち上がり、魔族の男と戦おうとしていた。


「父たちの仇を打って……。それで……それで……」


 進むだけで精一杯になっている落葉は、魔族の男に辿り着く前に倒れた。


 それは、まるで彼女の生き様だ。


 大企業の令嬢として守られる人生ではなく、落葉は戦う人生を選んだ。その人生の集大成が、前のめりの死に様であった。


 落葉の死に様は、俺の考えを変えた。今までは、生き延びて落葉たちの仇を討つことを考えていた。だが、今は違う。


 後に、続かなければと俺は思った。


 ここで戦うことを選択しなければ、ダンジョンが現れてから変わってしまった俺の人生が無駄になると思った。普通の高校生が、国を守るために兵士になった人生。その誇るべき人生が無駄になってしまうと。


 俺は弾切れを起こした銃を投げ捨て、地面に突き刺さった落葉の刀を抜いた。ずしりと重い感触は、落葉が刃に託した感情のようであった。


 せめて、一太刀。


 いいや、突き刺すだけでいい。


 最後まで足掻いて、格好悪く死んでやる。


 幸いにして、魔族の男の興味は俺から薄れていた。拘束した細波を玩具にして遊んでおり、俺に背を向けている。これ以上のチャンスなどないであろう。


 俺は、魔族の男の背中を刀で突き刺す。もはや、戦うことにすら飽きたのだろうか。魔族の男は首を軽く捻るだけで俺の方を見た。魔族の男に浮かんでいるのは、純粋な疑問であった。


「分かりませんね。なぜ、勝てない相手に挑もうとするのでしょうか」


 そんな魔族の男に対して、俺はにやりと笑ってやった。


「他の人間は分からないけどな。俺の場合は……惚れてくれた女に男気を見せるためだよ」


 魔族の男は、理解できないと顔を益々ゆがめる。俺はといえば、から笑いをしていた。人生最後の笑い顔だと考えていれば、悪くはない表情だろう。


 その時であった。


 耳をつんざく発砲音が聞こえたのだ。


 俺が突き刺した刀は、魔族の身体を貫通していた。そして、その切っ先は触手に届いていたのである。落葉の愛刀は、触手を切っていたのである。それによって、細波の拘束を緩んだのだ。


「細波……。お前まで……どうして」


 細波は、敵を攻撃することはなかった。自由になった手で自らの米神を撃ち抜いて、自死したのである。


「私のせいで吾子が死んだ……。おのれ……おのれぇ!!」





 魔族の男の叫び声と共に、俺の視界は真っ暗になった。死んだのかと思ったが、俺の意識はすぐに覚醒する。


「竹取物語の冒頭を覚えてこいと言ったよな。覚えてこなかったのは、お前だけだぞ!」


 懐かしいを通り越して記憶もおぼろげな教室で、高校生に戻った俺は古典の教師に怒鳴られていた。


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