第6話モンスターの襲撃



 どこに逃げるべきか。


 俺は、そんなことを必死に考えた。


 前のときは、ほぼ運だけで逃げ切った。そして、細かい道筋については覚えていないことも多い。あまりにも頼りないポンコツな記憶力に文句を言いたくなるが、覚えていないものはしょうがない。


 というか、ずいぶんと前の話なのだから覚えていなくて当然なのかもしれない。月日が経つのが早くて嫌になると思うのは、歳を取った俺が本物という証拠だろうか。


「まてよ……。本当に時間が巻き戻っているなら」


 落葉と細波。


 彼らも、それぞれの学校にいるのだと気がつく。


 俺が高校生だから、落葉は小学生。


 細波は、中学生のはずだ。


「まずは……あいつらと合流か。俺みたいに記憶があれば、話が早いんだけどな」


 心配は後に取っておくとして、今は小学校に辿り着くことを目標にする。ダンジョン出現前に何処の学校に通っていたかも話したこともあったし、同郷なので場所も分かっていた。


 そして、それは細波も同じだ。今ならば、学校にたどり着けば合流できるだろう。


「おーい、カラオケに行くのか。それとも、ファミレス?」


 下駄箱の前で俺を待っていたらしい羽衣が、気が抜けた声で話しかけてくる。羽衣にとっては、俺の話もサボるための口実らしい。というか、はなから信じてもらえてなかったようだ。


「俺は、小学校に行く。お前らは、お前らで逃げろ」


 冷たい対応かもしれないが、今の俺には移動手段もなければ武器もない。帰宅部で鈍った身体で、モンスターからもう一度逃げ切れるかも分からないのだ。助言はしたのだから、自分の身は自分で守って欲しい。


「小学校……。そこなら、安全なの?」


 俺の袖を掴んだのは、不安げな顔をした充だ。


 少女に縋られるのは弱い。なにせ、中身は大人なのだ。素直な少年少女には庇護欲がわいてしまう。羽衣に関しては、俺をダシにしてサボろうとしていたので殊勝な気持ちにはならなかったが。


「ここが危ないとは分かっているけど、どこに逃げればいいのかは分からないんだ」


 前回の俺は、必死に逃げ回っていた。そして、気がついたらモンスターの姿は消えていたのである。今にして考えれば、あのモンスターたちは未知の世界に送られた先遣隊のようなものだったのだろう。


 人間たちの武器や集まる場所の調査を終えたので、自主的にダンジョンの向こう側に帰って行ったのである。そのせいもあって、襲撃場所には法則性はなかった。


 その場では殺されずに、連れ去られた人間だっていたという。その人間たちの末路というのは、あまり考えたくはない。未知の生物を掴まえたら、実験と解剖というのが定説だろう。そして、その死体はモンスターに食べられているに違いない。


「なっ、なんなんだ!うわぁ!!」


 校庭から男子生徒の悲鳴が聞こえた。恐らくは、体育の授業で外に出ていた生徒がモンスターを見つけたのであろう。


 つまり、地獄が始まってしまったのだ。


「逃げるぞ!」


 俺たちが校庭に出れば、そこには地獄絵図が広がっていた。オークとゴブリンといったモンスターが校庭で暴れまわって、生徒や教師を食っていたのだ。食われる側に周った人間たちは必死に逃げているが、モンスターたちの身体能力に適うような人間はいなかった。


 オークとゴブリンの身長は、成人男性の腰当たりしかない。人間からみたら小柄な部類のモンスターだ。その顔付きや皮膚の材質の異質さは、モンスターの存在を知らない人間であっても彼らが人ではないと一目で分かるだろう。


 そして、その頑丈さと腕力は人を凌駕する。


「おい、逃げるぞ!」


 声を掛けるが、羽衣と充は動かない。初めて見る虐殺に脳が追いついていないのだ。無理もないが、優しく見守っている余裕はない。


「おい!!」


 充の肩を掴めば彼女の躰は大きく跳ねて、その場で座り込んでしまった。恐怖のあまり腰が抜けたのである。


「え……あっ。あの……私……」


 充は泣きそうになりながらも、俺を涙目で見つめていた。ここに自分を置いていかないでくれ、と全身全霊で訴えている。


 俺は、舌打ちをした。


 俺だけでも逃げればいいのに、大人の心が子供を守れと言っている。全生徒を守るのは無理だが、羽衣と充の二人だけならば守る事が出来るかもしれない。


「警護者二名!」


 俺は気合を入れて、そう叫んだ。


 こうなったら乗りかかった船だ。せめて、沈没だけは防いでやる。



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