第11話小学生と高校生の女の闘い


「この子が、縁君の知り合いなの?」


 充は、俺達の親しげな様子を見て訝しんでいた。なにせ、今の落葉は十歳ぐらいの児童だ。高校生と知り合うような年齢ではない。


 俺と落葉は、互いに互いの顔を見合わせた。落葉は充を指さして、言葉もなく『アレは誰だ?』と俺に問いかける。


「俺が助けた同級生だ。今のところは一緒に行動していた。野崎充って言うから、仲良くしてくれ。充、こっちは落葉。俺の仲間だ」


 落葉は、俺の脹脛を蹴った。


「忘れているの?私は、あなたに告白をしたんだけど」


 低い声で言われて、俺は冷や汗をかいた。告白の件を忘れたわけではないが、あの時と今とでは状況が違う。なにせ、今の俺たちは高校生と小学生だ。


 俺が落葉の告白に答えたりしたら、ロリコンになってしまう。


「私は、縁と結婚する決意で告白したのよ。あの状況下では、どっちが先に死んでもおかしくなかったでしょう。縁となら、命が残り少なかったとしても一緒にいて後悔しないと思ったの。だから、告白したって言うのに」


 月下での告白はシンプルなものだったが、そこまでの覚悟が落葉にはあったのだ。人によっては重いと捉えられそうな落葉の告白の真意であったが、そこに俺は潔さを見出した。明日は生きているのか分からない。そういう兵士の潔い覚悟だ。


 この覚悟には相手の姿形がどうであれ、答えを出さなければならない。いいや、言葉や態度で示さなければならない。俺は、そう思った。


 なにせ、答え事態は決まっているのだから。


 俺は少しばかり、考える。落葉の覚悟に答えるには、生半端な行動と言葉では釣り合わないであろう。


 俺は落葉の手を取って、その場で跪いた。


 思いついたのは時代遅れの古いやり方だが、それが最上級の敬意の示すことなら迷いはしなかった。それぐらいに、落葉の決意に答えたかったのだ。


「兵士である以上は、俺も短い命かもしれない。……それでも、公私共に俺と一緒にいてくれ」


 精一杯の誠意を見せたつもりだったが、落葉からは何故か蹴りが飛んできた。なお、その蹴りは脳天に当たった。すなわち、踵落としである。


「好きの一言で良いのにー!」


 落葉の悲鳴が響き渡った。だが、悲鳴をあげたいのは俺である。


 誠意を見せたはずなのに、俺の扱いは粗雑だ。何を間違ったのだろうか。よく考えたが、間違いなどないはずだ。


 告白して、プロポーズされた。


 だから、受け入れた。


 それなのに、どうして踵落としが飛んでくるのだろうか。最新の乙女心を誰か教えて欲しい


「とっ、ともかく!気持ちの確認は出来たわね。なら、私の親に紹介しに行くわよ」


 俺は、さすがに落葉の行動を止めた。


 前の時間軸ならいざ知らず、今はとても不味い。小学生の娘が高校生の男と付き合うと言い出したら、あの穏やかな社長だって黙ってはいないだろう。


 俺に妹や娘がいて同じようなことになったら、規律や法律違反を犯してでも男に向かってマシンガンを使う。つまり、俺に明日はない。


「家族に付き合っている人を紹介するのは、私の夢だったのよ」


 それを言われてしまうと色々と辛いものがあった。


 前の時間軸では、社長は助けられなかった。家族の話を落葉からはあまり聞いたことはなく、社長以外の家族が生存していたとは考えにくい。以前ならば叶うことのなかった夢だからこそ、今度は成就させてやりたい気持ちが俺にだってあるのだ。


「だから、縁を婚約者として紹介したいの」


 最初は付き合っている人だったのに、俺の扱いは何時の間にか婚約者に悪化していた。プロポーズを受け入れたから普通だったら婚約者でいいのかもしれないが、小学生が高校生の婚約者として連れてきたら俺が社会的に死ぬ。


「婚約者は……さすがに。ほら、人の目だってあるだろ」


 婚約者としての紹介だけは止めてくれと俺が懇願すれば、落葉は頬を膨らませる。ドングリを頬袋いっぱいに詰め込んだリスみたいな表情だ。未来では見たことがない顔が自然に出てきたので、少しばかり面食らった。


 俺の驚いた顔に、落葉もいつもとは違う己の表情に気がついたらしい。慌てて言い訳を始める。


「小さくなったせいなのか頬っぺたが柔らかいと言うか……。感情が素直に表情に出ちゃうのよ。自分自身でも違和感があるというか」


 幼くなったせいで、心根まで素直になったというわけではないらしい。頬が柔らかくなると感情が素直に出るというのは本人にしか分からない感覚なので、俺は納得するしかない。追及したところで無駄だ。


 落葉は、大人っぽいすました表情を必死になって作っていた。徐々に記憶に残っている落葉の表情に近付いていくが、無理をすることでもないと思う。くるくる変わる表情というのは、可愛いし。


 ああ、そうだった。


 今までは仲間として意識して見てきたが、落葉は可愛らしい女性なのだ。幼い容姿になってしまった今は、それが余計に引き立っている。


 幼くなった落葉は髪が長く伸ばしていて、色白の顔は人形のように整っていた。化粧もしていないのに血色が良い口唇は、尚の事その印象を強める。


 つまり、俺には勿体ないぐらいの美少女だ。彼女の賢さと美しさに、並大抵の男は参ってしまうだろう。意識した途端に、俺だってくらくらしている。


「婚約者よ、婚約者。もう決めたの。……いつかは、指輪を頂戴ね」


 そんなものを付けたところで、刀を振るうのに邪魔だと言って落葉は付けてはくれないだろう。贈られることに意味があると落葉は思っているのだ。それが、彼女が結婚に対する唯一の夢なのかもしれない。


「なんなの!なんなのよ、結婚って!!」


 事情を把握していない充が、俺の腕に絡みつく。むっとした表情で、充は落葉を睨んだと思ったら


「わ……私のほうが縁君が好きなんだもん」


 と消え入りそうな声で言った。



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