第37話部下が美少女になっていた



 俺たちは不健康そうな男の情報を元に、彼の店があるという地域にやってきていた。


 この時代の健全な若者ならばあまり近寄りたがらない地域であったが、前の時間軸の地獄を知っている俺たちにとっては楽園みたいな場所だった。なお、俺たちにとっての楽園とはライフラインが整っている場所を言う。


 この地域は治安も悪く、トラブルにも巻き込まれやすい。しかし、前の時間軸を経験した者にとってはガス水道電気が通っている点だけで楽園なのだ。


 なにせ、モンスターの襲撃を何度も体験した前の時間軸では極一部を除いてはライフラインの維持が出来なくなっている。


 いいや、何度復旧させてもモンスターによって壊されるのでライフラインを一点集中型にしていると言って良いだろう。


 つまり、便利さよりも効率を追いかけたのだ。一点集中型の方が、資材の節約にもなるだろうし。


「素晴らしい立地条件の場所に、お店を構えているのね」


 落葉は、そのように皮肉った。


 この時代は小学生であった落葉であっても、この地域の治安の悪さは知っていたようだ。それとも、小学生だからこそ近づかないように言い含められていたのかもしれないが。


「昔は、売春と薬でちょっとばかり有名な地域だったしな。前の時間軸では、モンスター退治のメッカになっていたけど」


 治安の悪い場所の復旧が優先されるはずもないので、このような場所は破壊の痕が残りやすい。すると再びモンスターが現れた時に、さらに荒れてしまう。モンスターを狩る側にも荒れた地域は守るという認識が薄くなっていくので、あと数年でここら辺は廃墟と化すはずだ。


「店の名前からすると……。ここか」


 俺は、店名を確認する。ビルの地下にあるバーが、魔族の男が侵入してきた店らしい。モンスターの襲撃前から雰囲気の良い店ではなかっただろうが、店の表は世紀末の世界のように荒らされてしまっていた。


「外から様子を窺うのは不可能ね。なら、一気に攻め入るのみ!」


 落葉が水を差す得た魚のように、店に飛び込んでいく。作戦には不満はないが、もう少し息を合わせて欲しい。まぁ、これも信頼の現れというものか。 


 ドアを蹴り飛ばした落葉に続いて、俺も店に入った。店には電気が通っていたが、薄暗かった。恐らくは雰囲気づくりのためで、薄暗さは元々なのだろう。


 店の床には、薬で夢の中に行った連中が山ほどいた。


 泡を吹いている人間もいたが、それは薬物の過剰摂取のため症状に過ぎない。自業自得だ。正直、助ける気にもなれなかった。


 それでも、せめて吐瀉物を喉に詰まらせて死ぬようなことはないようにうつ伏せにはしてやる。後は知らないし、一度でも薬に溺れたら戻ってはこられないだろう。


「細波!いたわよ!!」


 落葉の大声が響いた。


 店の奥には、触手を操る魔族の男がいた。男が拘束しているのは、細波の可能性が高い。落葉の殺気を感じたのか、魔族の男は触手で刀を防いだ。


 その隙をついて、魔族の男の拘束から細波と思しき人物が逃げ出す。この反応速度は、今の時間軸の人間ではありえない。やはり、つかまっていたのは細波……のような気がする。


「細波……だよな?」


 俺の眼の前にいたのは、細波の面影がある少女だった。いや、骨格などは確かに男のものなのだが、少女と言われたら信じられるほどの美貌なのだ。


 色白の肌と桃色の頬。大きな瞳に蠱惑的な赤い唇。


 落葉には絶対に言えないが、大人だった彼女よりも美しい。王子様のようだった整った細波の顔は、幼くすれば傾国もかくやという美少女になってしまうらしい。


 その美少女フェイスで、細波は自分の口の中に指を突っ込んで盛大に嘔吐した。彼の奇行に、俺は目をぱちくりさせる。


「水を寄越せ!」


 細波は呆然としている俺に命令して、奪った水を飲み込むとまた吐き出す。それを何度も繰り返した。何をやっているのだろうか。


「……悪いな。麻薬を飲まされたから、即席の胃洗浄だ。あいつは、俺を無力化しようとしやがったんだよ」


 この思い切りの良さと用心深さは、間違いなく細波である。


「細波、今の状態は分っているな?」


 何はともかく、細波が前の時間軸の記憶を持っているかどうかだ。


「当然だ!」


 俺の予想通り、細波にも記憶があるようだった。銃のことがあるから予想はしていたが、それでも改めて確認すると安心する。


「細かい説明は後でする。今はともかく、あの魔族の始末だ!」


 細波は、落葉と戦っている魔族を指差す。しかし、あの魔族には一度は負けている。今回は、あの時と違って装備も足りていない。勝機があるとしたら、店の狭さを生かす方法だが……。


「一度態勢を整えるぞ!」


 細波が叫んだ。


 先ほど敵と戦うだけの考えは危険だと考えていたのに、そこまで頭が回らなかったことを俺は反省する。今度からは、もっと冷静にならなければならない。


「落葉!しんがり!!」


 細波は落葉に声をかけて、短い言葉で彼女に作戦を伝える。狭い階段を駆け上がる俺達の後に落葉が続き、魔族の男の触手を牽制しながら店から撤退した。



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