第36話美少女のなぞ



 銃声が聞こえてきた方に俺と落葉が来てみれば、そこには大量のモンスターの死骸があった。銃弾で倒されたものは極めて少なく、殆どのものは刃物らしきもので殺されている。そして、残りのモンスターには忘れられない傷跡が付いていた。


「これは、あの魔族の男の触手の傷跡だ。あの魔族の男がここにいたという事は、細波がいた可能性だって高いはずだ。なにより、モンスターの眼球を撃ち抜くなんて離れ業をやらかす人間なんて、この世に二人もいるものか」


 魔族の男は、細波に対して他とは違う反応を見せていた。そして、彼だけは殺さないようにしていたのだ。


 ならば、細波と魔族の男が共にいたとしてもおかしくはない。事情までは分からないが、二人が交戦中にモンスターと遭遇したのかもしれない。あるいは、モンスターと交戦中に二人が遭遇したのか。


 細波の身に危険が迫っていることは、なんにせよ間違いはないだろう。早く合流しなければならない。


「細波って、自己評価は低いくせに腕は確かなのよね。あれほどの腕ならば、本来ならば天狗になっていたっておかしくないわよ。自分の弱点ばっかり見つめて、嫌な奴」


 そんなふうに仲間のことを言うな、と俺は年上として注意しておいた。


「細波の後ろ向きさは、俺たちにとっては武器だ。注意深く動くことが出来るってことだしな。俺と落葉だけだったら、モンスターの群れをに突っ込んでいつか死ぬぞ」


 俺と落葉は、良くも悪くも今まで戦う以外の選択肢をしていない。


 戦えることが出来るというのが大きな理由の一つで、そうしなければいけない状況下でもあった。しかし、他の選択肢を全く考えなかったのは今更ながらに間抜けだったかもしれない。


 このままの行動を続けていけば、いつかは疲労がたまって動けなくなるだろう。落葉と一葉は基本的に俺と同じ考えなので行動が指針を決めるのが楽だったが、同じ考えの人間ばかりだと考えがこり固まってしまってしまう。


「んっ?……もしかして、一葉の死因って」


 嫌な予感がしたので、俺は落葉に尋ねてみた。前の時間軸では、一葉の側に同等の力を持つ戦友がいたとは思えないのだ。ということは、彼は基本的に自分の事は自分で決めていたことになる。


 俺の考えを察して、落葉は顔をそらす。彼女の反応を見るに、俺の考えは当たっていたようだ。


「……そうよ。度重なる戦闘で身体にガタが来て、最後に魔物の男に殺されたのよ」


 思った通り、前の時間軸の一葉は脳筋の死に様をしていた。


「ああ、やっぱりか?阿久津さんは、なんにも言わなかったのかよ」


 言ったところで聞いてもらえなかったであろうが、と俺は自分で自分の疑問に脳内で返答してしまった。


 一葉と阿久津の関係は、一葉が圧倒的に有利だ。師と弟子の関係性でもある落葉の言葉も、やはり一様には届かなかったであろう。


 そのようにして、前の時間軸の一葉は亡くなったのだ。


「気を付けよう……」


 俺たちは同じ轍を踏まないようにしなければならない。とりあえず、人の意見というものはしっかり聞くことにしよう。特に、自分たちと違う意見は。


「充のサポートっていうのは、ありがたくなってくるだろうな」


 今の時間軸は、ただでさえ戦力が足りないのだ。注意深く動かなければ、他人によい様に使われて死ぬだろう。それこそ、前の時間軸の一葉のように。


「落葉、お互いに体は大切にしような」


 俺の言葉に、落葉は神妙に頷いた。


「そうね。特に、私は縁の息子と娘を産む予定なんだから」


 小学生の時分で、最低でも二人も子供を産む計画をたてないで欲しい。元の時間軸であっても、そこまで話は進んでいなかったはずだ。


 あと、俺たちはまだキスしただけの関係性である。当然のことだが、子供が出来るようなことは一切していない。


 彼女の保護者たちに聞こえていないことが、今は嬉しいばかりである。下手に勘違いされたら、落葉の精神年齢の話なんて関係なしに俺が殺されるだろう。


「娘の中身が大人だって理解していても……まだまだ孫の話なんてされたくないだろうな。俺だって、自分の子供の話はしたくない」


 ぼそり、と俺は呟いた。


 当の本人である落葉は、保護者達の気持ちなどまったく気にしていないようであった。自分が親になった時に、新たに意見を聞いてみたい気持ちになる。


 そのためには、俺も長生きをしなければならない。ただでさえ、俺と落葉は結構な歳の差があるのだ。


「たっ、たすけてくれ!……助けてくれ」


 俺たちに、いきなり縋りついてきた男がいた。


 その男は身長ばかりが高くて、不健康なほどに痩せている。目さえも血走っていた。見るからに怪しい男で、俺は本能的に落葉の前に立った。落葉が強いと知っていても女子供を近づけさせたくない存在である。


「触手を操る男が、女の子を連れて来て……。店が滅茶苦茶に……」


 男の話を聞によれば、この男の店は良くない人間のたまり場であったらしい。感心しない話だが、モンスターの恐怖から逃げるために集まって麻薬の類を楽しんでいたという。現実逃避をしたい気持ちは分からなくはないが、呆れる話ではある。


「若いのだから、もう少し建設的なことをして欲しいよ。自警団を作るとか」


 前の時間軸の若者たちだったら、それぐらいの気概はあった。俺の歳よりじみたことばに、不健康そうな男は不思議そうな顔をした。


「若いって……お前も高校生ぐらいで」


 不健康な男に全ての真実を話すのも面倒なので、俺は話の先を急かした。男の方だって、俺にさしたる興味はないらしい。すぐに話の続きをしはじめた。


「その男は店を滅茶苦茶にして……モンスターが。……触手を持っているから、あの男はモンスターで。お前たちは、ここのモンスターを倒したんだろ。俺を……俺を助けてくれ」


 不健康そうな男は、この場のモンスターは俺と落葉が倒したと思っているらしい。それは勘違いなのだが、有益な情報はつかめた。


「触手を操る男か。魔族の男の可能性は高いよな」


 他に情報がない今は、魔族の男だと仮定して動くしかないだろう。というかほぼ間違いないと思われる。前の時間軸でも触手を操る魔族なんて、あいつ以外は見たことがなかった。


「おい、あんたの店はどこなんだ?というか、連れていたのは本当に女の子だったのか?」


 だとしたら、この場では細波と魔族の男は一緒ではなかったのではないのだろうか。それとも、細波の他にも魔族の男と共にいる人間がいるのだろうか。


「……縁、たぶん細波は間違われているわよ」


 落葉に耳打ちされて、俺は顔を引きつらせた。


 大人になった細波は王子様のような美貌だったので、幼さを残した中学生の細波が少女と見間違われていてもおかしくはない。というより、その可能性が高いだろう。


「よし、細波の所に行くぞ」


 どんな理由で銃を所有しているかは分からないが、細波の銃の弾数は間違いなく残り少ないだろう。そんな状態で魔族の男と共にいるならば、絶対に助けが必要なはずである。


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