マリオネットの最期6



 泣きべそをかくヒロキを、マナブがのぞきこんでくる。

「だからさぁ。おれみたいに、裏切られる前にやっちゃえばいいんだよ。おれ、ガキのころに親父に裏切られたんだよね。おれが異端者だから、生きてちゃいけないって言うんだ。かばいきれないから、いっしょに死のうって。母さんを殺したのも、大好きだったユズを殺したのも、おれだって。まだガキだったからさ。けっこうショックだったよ。自分がふつうじゃないってわかったの。おれのまわりじゃ、よく鳥や生き物が死んでさ。チャペも死んだ。あ、チャペは飼い犬な。おれ、みんなを殺して食ってるの、親父だと思いこもうとしてたのに。おれのせいだってつきつけられて。なんか、あれ以来、変なんだよな。夢のなかと現実の自分が別の生き物っていうか。んで、そのあと親父、ほんとにおれを殺そうとすんの。だから、殺される前に殺した。なんでも先手で行かなきゃ。おれ、ホヅミと今でも友達だ。そうだろ? ホヅミは死ぬまで、おれのこと友人だと信じて疑わなかったんだから」

 そんなの、それこそ、まやかしだ。でも、それを言うのは、マナブがかわいそうな気がした。きっと彼の苦い過去は、ヒロキが想像できないほどの衝撃だったのだろう。だから、こんなにゆがんでしまったのだ。


「もうないの? 聞いときたいことは?」

「じゃあ、ホヅミさんが殺されたとき。わたし、七時ごろに廊下に出たけど、血の匂いなんてしなかった。メガネがストッパーになってたっていうけど、ほんとは朝まで鍵がかかってたんでしょ?」

「だって、ホヅミが殺されたら、親しかったおれが疑われるからね。ベッドにころがって天井見てたら、通風口が目に入ったんだよね。これなら、シロウがやったことにできるぞって。急いでメガネストッパーの出番ってわけ。ほかには?」

「あなたの私刑カード。誰に使ったんですか?」

「最初の一枚はショウに。ホヅミと話して君に使わなきゃいけなくなってしまったろ? まあ、しょうがなく。ショウは言動が怪しかったからね。怪しいはずだよね。だって、捜査官はショウなんだもんな。レイヤは不発だったから」

「……やっぱり、昨日、レイヤに一枚、使ったんだ」

「君の目を盗んで入れるのたいへんだったよ。君がシャワー浴びてるうちに、急いでロビーまで走っていった。君はセイが誰に入れたかわからないって言ってたけど、レイヤに気があるの見え見えだもんな。レイヤをかばったんだろ。ほんとはセイがレイヤに入れたこと知ってたはずだ。その読みは正しかったけど、レイヤが捜査官じゃなかったのは意外だった。ほんと残念。でも、レイヤじゃないなら、もうショウしかいない。ショウのやつ、だから逃げまわってたんだな。だけど、おれ、今朝、セイの残りのカードをショウに入れてきたから。明日にはこのゲームは終わるんだ。異端者の完全勝利でね」

 ヒロキはマナブを見つめた。

「マナブ。わたしを殺すの?」

「うん。今夜しかないからね。楽しまなくちゃ」

「どうして、そんなふうになっちゃったの?」

 マナブの美しい顔がゆがむ。

「どうしてだって? そんなのわかるわけないだろ! 衝動が止まらないんだ! おれだって、ふつうでいたかったよ。大人になったら結婚しようって、ユズと約束したのに……なんで殺してしまってんだよ? わかんねぇよ。好きだったのに——好きだったのに!」

 マナブの双眸から、涙が滝のようにあふれおちる。ヒロキは異端者でありながら、もてあますほどの破壊衝動をいだいたことがない。でもきっと、それは人が持つには過酷な欲求なのだろう。自分自身さえ壊してしまうほどの。

 ヒロキはマナブの首をかきいだいた。

「マナブ。かわいそう。つらかったんだね」

「つらい……? そんな生やさしい感情じゃない」

「いいよ。わたしを殺して。それであなたが満足なら」


 わたしはセイを裏切った。今また、マナブも裏切ろうとしてる。もう、これでいいんだ。こんなことで、マナブはゆるしてくれないかもしれないけど。

 どうせ、わたしはユウトにもレイヤにも愛されない。それなら、せめて、この悲しい人の刹那せつなの歓びになろう。


 抱きあうと、今度はヒロキの髪も赤くなった。つながっているときのマナブは優しい。愛し、愛された恋人どうしのよう。たとえ、それが幻想にすぎなくても、今、ヒロキは幸せだった。


「マナブ。ゆるしてね。わたし、あなたのこと好きだった。ほんとだよ。愛じゃなくて……ごめんね」

「命乞いかい? 青い首飾りのワンちゃん」

 ヒロキは微笑んだ。

「殺して。でも、あんまり痛くないようにしてね」


 まるで愛おしむように、マナブはヒロキの髪をなでる。

「ああ。いいよ。おれも君のこと、好きだったから」

 マナブはどこからかナイフをとりだした。

 ヒロキは目を閉じた。

(さよなら。レイヤ——)

 その瞬間、いくつもの音が激しく重なった。目をあけると、レイヤが立っていた。

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