殺人鬼の足音2

 *



 朝が来た。目ざめたとき、ヒロキは昨日よりいくぶん落ちついていた。あんな形でセイを失ったのは悲しい。でも、セイは最後まで、ヒロキを仲間だと思っていただろう。その事実はヒロキを少しだけなぐさめた。

 それに、寝る前に考えたことがある。ショウは昨日、言っていた。自分も通報カードを一枚使ったと。ショウがカードに書いた名前を知れば、もう一人の異端者をしぼりこめる。もし、ヒロキの考えどおりなら、あとはショウとレイヤに協力してもらえば、ゲームは終了する。

 だが、いちまつの不安もあった。ショウが言っていたあの言葉。レイヤが捜査官でなければ、異端者だというアレだ。

 もし、レイヤが異端者だったなら……そして、セイから奪ったカードを昨夜、使っていたら——捜査官は今朝の八時に死ぬ。

 心配になって、ヒロキはロビーへ行った。巨大スクリーンを見る。昨日は通報カードが四枚。私刑カードが二枚。逮捕カードが一枚。今朝になって増えたのは、通報カードが一枚だけだ。私刑カードは使われてない。異端者は慎重になっているようだ。

 ヒロキはホッとした。やはり、レイヤは異端者ではない。異端者なら絶対に昨夜、セイのカードを使っている。

 それにしても、一枚だけ増えた通報カードは、誰が誰に使ったのだろう?

 昨日はセイの死体が見つかったあと、午後までみんないっしょにいた。とくにこれといった動きはなかった。たしかに、シロウは少し怪しいが、といって二枚しかない大事なカードを使うほど、異端者らしい言動があったわけじゃない。なぜ、このタイミングなんだろう?


(昨日の私刑カードも変なときに使われてた。やっぱり、いろんな人がいるんだ。みんな、何を考えてるのかわからない)


 ヒロキは考えながら、ロビーよこのショウの部屋に行った。チャイムを鳴らす。話を聞きたかったが返事がない。時刻は七時すぎだ。食堂にいるのかもしれない。


 ヒロキが食堂にむかって歩いていると、つきあたりのドアがあいた。カレンが顔をのぞかせる。同年代だが、この少女は苦手だ。何を考えているのか、サッパリわからない。リンとはまた別の理解しがたいタイプ。

「なんだ。あんたか」と、カレンは嘲るように言う。

「前はあんたに聞きたいことあったけど、もういらなくなっちゃった」

「わたしに……?」

「あんたが異端者なら、沈黙のマリオネットさまのこと、なんか知らないかなぁって。でも、もういい」


 ヒロキはドキリとした。もしかして、カレンはのだろうか? 彼女のマリオネットへのゆがんだ憧憬しょうけいは本物だ。ある種ストーカーじみてさえいる。マリオネットの正体を知らないかぎり、どこまででも探求するだろう。

「……誰か、わかったの?」

 たずねると、カレンは勝ち誇った顔つきで、ウットリとある扉のほうをあおぎ見た。ヒロキの背後。ふりかえると、ちょうど、レイヤかショウの部屋あたり。レイヤは違う。そう思うが、とたんにまた不安になった。

 ヒロキが立ちつくしていると、カレンはドアを閉めようとした。が、途中でその手を止める。

「わぁっ、可愛い」

 セイがくれたウサギのマスコットだ。IDカードには一カ所、丸い穴があいている。もう落としたり、すられたりしないよう、目立つようにマスコットをとりつけた。

「これね。セイがくれたの。セイは人形作家だから。すごく可愛いよね」

 やっと少女っぽい話ができて、ちょっと安心する。

「ええ、いいな。見せて。見せて。すぐ返すから」

「うん。いいよ」

 渡そうとしてポケットから出すときに、ひっかかってマスクが外れた。小さな小さなウサギの小さなマスク。花柄の上に可愛い三口の刺繍ししゅう。微笑みながら、ヒロキは床に落ちたマスクをひろった。

 だが、しゃがんだまま上を見て、ギョッとする。カレンのおもてが硬直している。異常なほど目を見ひらき、何かに驚愕しているようだ。

「……どうしたの?」

「……」

 カレンはヒロキのにぎるマスコットを凝視している。ヒロキもつられて、それを見た。可愛い小さな白うさぎ。赤いビーズの瞳。だが、マスクの下のその顔を、ヒロキは初めて見た。まさか、こんなふうになっていたなんて。

 ウサギの口はその両端がひきさかれ、ほかの細かな縫いめとはあきらかに異なる粗いめで乱暴につくろわれていた。縫い糸はそこだけ黒い。しかも、それだけではなかった。ひきさかれた口のなかにつめこまれているものがある。ガラスの眼球だ。ドール用だろう。人間の目玉ほどではないが、かなりの大きさがある。ウサギの頭部にはおさまりきらず、口がひらきっぱなしになっていた。のぞいた青い瞳を見て、ヒロキは悲鳴をあげた。

「イヤッ!」

 思わず、なげだしてしまう。信じられない。これをほんとに、あの優しいセイが作ったのか? セイらしくない。なんとなく、それにはセイのなかの狂気が表れている気がする。

 しかし、そのウサギにはヒロキ以上にカレンが衝撃を受けていた。

「これ、誰にもらったって?」

「セイだけど……」

「セイは誰かからもらったんじゃないの?」

「自分で作ったって言ってた」

 カレンの顔は蒼白だ。激しく動揺している。

「どうしたの? カレン……さん?」

 カレンはふるえる声を押しだす。それはヒロキに答えてというより、自分の思考をまとめるために無意識に出たつぶやきのようだった。

「あたしの家族……マリオネットさまに殺されたんだ。みんな、縫われた口のなかに、自分の目玉、くわえてた……」

「えっ……?」

 戸惑っていると、カレンは荒々しくドアを閉め、自室のなかに閉じこもってしまった。

 ヒロキはしかたなく、セイのマスコットをひろいあげる。気味が悪いものの、セイの形見であることには違いない。マスクさえさせていれば可愛いのだから。気をとりなおして、食堂へショウを探しに行った。



 *



 カレンはドアを閉めたまま、そこで立ちつくした。何がどうなっているのか、意味がわからない。

 口のなかの秘密を知っているのは、沈黙のマリオネットさまだけだ。それは警察で死体を解剖されて、初めてわかる事実。報道もされていない。警察は犯人を捕まえたとき、重要な証言をひきだすために、そういうのをいくつかとっておくのだという。として。


(まさか……まさか、セイが……?)


 を認めるのが、とても怖い。

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