残酷な一夜3



「ちょっと待ってくれよ。全員が自分を傷つける必要はないんじゃないか? 異端者は二人だけだ。嫌疑が濃厚なほうから一人ずつやってけば?」

 マナブが言いだしたので、ヒロキはなおさらショックを受けた。あんなに優しかったのに、手のひらを返すなんて。

 とっさにレイヤを見た。レイヤなら助けてくれると思ったわけじゃない。ただ、レイヤの前で自分が異端者としておとしめられるのはイヤだった。荻野の件で、レイヤにはもうその姿を見られている。これ以上、嫌われたくない……。

 でも、あおぎみたとき、レイヤの目は冷たかった。侮蔑的にヒロキをにらんだあと、レイヤは食堂から去っていった。


(レイヤに……さげすまれた。汚物を見るような目で……)


 わたしだって、好んで異端者になったわけじゃないのに……。


 ホヅミも賛成した。

「かるく怪我させればいいんじゃない? 切断まではしなくても、怪我が再生するかどうかわかればいいんだから」

「あんまり小さい傷じゃ、再生するのかな?」と、マナブ。

 ショウはあいかわらずトランプをいじりながらささやく。少し酔ったように見えるが、ここには酒はなかったはずだ。

「亜種二世は再生能力が低い場合がありますね。ちょっとつついたていどじゃ再生しないかもしれませんよ?」


 ヒロキは叫んだ。

「やめて! お願い。やめて……」

 興奮したらダメだ。ヒロキの脳内には異端審問会で植えつけられたナノマシンが残っている。首輪は外されたが、ナノマシンじたい電極を持っている。アレは一生、頭のなかにあって、ヒロキを監視するのだ。ヒロキが激しく興奮したり、苦痛を感じたとき、破壊衝動が起きないよう電流を流す。最初は微弱に、だがそれでやまなければ、じょじょに強く——


 すると、リンが口をはさんだ。

「なんか、かわいそうだよ。泣いてるじゃん。ムリに怪我させなくても……」

 でも、大人は全員、おびえるヒロキを見て気持ちが昂っている。狩り。審問会。みんな同じ。人間は自分より弱い小動物を見ると、どこまでも残酷になれる。

「ねぇ、矯正された異端者って、首輪のあとがあるんじゃなかった?」と、かばうように言ったのは、意外にもヨウコだ。自分から言いだしたのに、一方的に狩られるヒロキを憐れんだようだ。

 シロウがむりやり、ヒロキをひきよせ、ハイネックをおしさげた。

「見ろッ! こいつ、異端者だ!」

 テーブルの上になげだされた。全員の前でシャツをむしりとられる。下着をつけただけの素肌がさらされる。ヒロキの首すじのそれが。

「異端だ……」

「異端の犬」

 マナブ、ホヅミ、ショウ——みんなが集まって、上からヒロキをのぞきこむ。青いベルトのように、ぐるりと首をかこむ烙印。異端審問会で電流を流されたとき、皮膚下に沈殿した首輪の色素だ。


 シロウが言い放つ。

「こいつ、まちがいなく異端者だ」


 おぞましい烙印——

 異端の印。

 しかも、ヒロキの烙印はそれだけではない。衣服の下のそれが衆人の目にふれる羞恥に、ヒロキは耐えた。なめらかな肌のいたるところに刺青タトゥーがある。

 左胸には赤いバラ。

 両腕に青い蛇。

 残忍な神島の趣味だ。

 お仕置きと称して、神島自身の手で、ひと針ずつ、ヒロキの肌に色を刺した。そうして、ヒロキが苦痛にあえぐさまを楽しんだ。ヒロキの全身を彼の好みに作りかえて弄んだ。


 シロウはさらに下の服や下着もぬがせる。もっと恥ずかしいところにある刺青まで、容赦なくあばいていく。

 左足に青い蛇。

 右足にはイバラがからみつき、内ももとヒップに赤い花を咲かせる。四肢をすっかり呪縛され、からめとられた生贄のような姿。背中にも片翼だけの羽が描かれ、白蛇がくねりだすように、みだらに鎌首をもたげている。


「なあ。異端者は犬なんだよな。青い首輪をつけた犬には、何をしたって罪にならない。グールって、ほんとに再生すんのか? おれ、見たことないんだよな」

 そう言うシロウの目は飢えた狼のそれだ。ホヅミやショウも無言のまま。しかし、否定しないのは賛同しているからだ。

「ほんとに生えてくんのか、たしかめてみないか? それなら、あいつの怪我とくらべてみれるし」と、ヨウコをさす。

 シロウがナイフをにぎりなおす。すでにヨウコの血で赤く染まった刃。

 ヒロキはこれから自分の身に何が起こるのか悟って、泣きわめいた。

「やめてー! やー!」

 だが、刃は止まらない。それが目と鼻のさきに迫ったとき、ヒロキの緊張はピークに達した。稲妻が脳髄をかけめぐり、視界が真っ白になる。一瞬、ふわりと浮遊するような多幸感。意識が虚空に消えた。

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