マリオネットの最期7

 *



 レイヤの開口一番は罵声だった。

「バカヤロウ! おれに黙って勝手に死のうとするな」

 マナブはナイフをとりあげられていた。レイヤとショウが二人がかりで押さえている。マナブは悔しげに唇をかんだ。

「くそッ。どこから入ってきたんだ。このマジシャンめ」

「マジックのタネは明かせません」と、ショウ。

 食堂に通じるダクトから入ってきたのだ。ショウは昼間、話したとき、ヒロキが死ぬ気でいるのを見ぬいたのかもしれない。

 続けて、ショウは言う。

「捜査官を守るのは市民の義務なのでね。評価ポイント、かせがせてもらいました」

 マナブは最初、ショウの言葉の意味がわからないようだった。

「捜査官? 捜査官はおまえだろ? ショウ」

 食わせ者の笑みで、ショウは告げる。

「違いますよ。そろそろ、ほんとのことを話してあげてはいかがですか? 捜査官」

 そして、ヒロキを流し見る。ヒロキはうなだれた。

「ごめんなさい……」

「え……?」

 マナブの驚愕の視線をあびるのがつらい。でも、それが真実だ。

「わたしなの……捜査官は、わたしなの」

 マナブの瞳が見ひらかれる。ヒロキのかわりに、ショウがあとをとった。

「囮は囮でも、ヒロキはただの市民じゃない。オトリ捜査官だったんだ。君の襲撃は失敗なんです」

 今度はマナブの目に怒りが浮かぶ。

「だましたんだな。ヒロキ」

「ご、ごめん……だから、あなたには殺されてもいいと思って……レイヤたちが来るなんて知らなかったの」

「捜査官が死んだら、ゲームオーバーなんですよ。私は異端者にはなりたくない」

 ショウは率直だ。

 だが、なぜだろう? レイヤは黙っている。さっきから、なんだかようすがおかしい。なんとなく呆然として見える。視線もヒロキの目ではなく、少し上を見ているようだ。ヒロキの頭——赤く染まった髪を……。

 急に気づいて、ヒロキは毛布を頭からかぶった。

「ごめんなさい。みんな、ごめんなさい。わたし、ちゃんと、マナブの逮捕申請したよ。わたしのせいで、レイヤやショウがゲームに負けたら悪いと思って」

「でも、通報カードがなかったろ?」というショウに、

「リンが自分のカードをくれたんです。だから、それを使って逮捕条件を満たしました。朝になったら、特安隊が来ます。マナブさん。ほんとにごめんなさい!」

 ショウがマナブからナイフをうばい、彼の喉元につきつける。

「潔く自決しますか?」

 マナブは首をふった。

「おれはもともと殺人罪で捕まった異端者だからね。このゲームに参加するのも初めてじゃないし。むしろ、ずっとこのままのほうが楽しい。今度はもっとカメラアングル考えたほうがいいかな」

 明るく笑って、マナブは監視カメラにキスをなげる。

 ヒロキは涙でにじむ視界で、そんなマナブを見つめた。この人はもう救いようがないんだ。この人の心はどうにもしようがないほど傷つけられ、壊され、ゆがめられてしまったんだなと考えながら。


「では、朝まであなたの部屋にいてもらいましょうか。ただし、ロープで縛らせてもらいますよ? 私も殺されたくはないのでね」

 ショウがそう言って、ドアをあけたとたんだ。廊下にカレンが立っていた。じっとマナブを見つめる目に不穏な影が宿っている。次の瞬間、カレンは隠し持っていたナイフを、マナブの胸にさしこんだ。マナブは言葉もなく倒れる。狂気の殺人衝動者にしては、あまりにもあっけない最期だった。


 ヒロキたち三人は沈黙のまま、カレンを見つめる。カレンの頬を涙がすべりおちた。

「コイツは偽者。あたしのマリオネットさまを殺した」


 ショウがつぶやいた。

「そう言えば、沈黙のマリオネットは何年か前に異端狩りに捕まったとウワサになりましたね。そのあと復活したから、デマだったんだと言われていたが。じつは復活したあとは模倣犯だという説も根強くあった」

 だとしたら、本物のマリオネットはセイだったということだろうか?

 その事実はほかの何よりも、ヒロキをゾッとさせた。人の心にひそむ二面性が、ヒタヒタと身に迫ってくる。


 カレンはレイヤとショウにロープで縛られた。そのまま、朝まで本人のベッドにころがされておくことになった。


「レイヤ……どうして助けにきてくれたの? わたしなんか、どうでもよかったんでしょ?」

 モジモジしながら、ヒロキはたずねる。レイヤはため息をついた。

「そのつもりだった。でも、ほっとけなくて」

「ごめんね。わたしのせいで、ヒミコを探しに行けなくて。レイヤの……大切な人なのに」

「ヒミコはおれの最愛の人だ」

 ずきんと、ヒロキの胸は痛む。


(はっきり言わなくても、もう期待しないよ。優しくされたからって)


 涙ぐむヒロキを、レイヤが笑う。

「一つだけ聞きたい。今なら答えてくれるのか?」

「うん……」

「ヒロキ。君、小さいころに、おれと会ったことがないか?」


(え——?)

 ヒロキは小さくうなずいた。冷めかけていた髪がまた赤くなるのを感じた。

「夢のなかでなら、会ったよ」

「それはどんな夢?」

「遊園地みたいなところで、レイヤと遊んだよ。わたしは小さい子どもで、レイヤは十歳くらいだった」

 いきなり、レイヤが抱きしめてきた。

 これも夢だろうか?

「レイヤ……?」

「やっと見つけた。おれのヒミコ」

 ヒミコ? わたしがヒミコ? レイヤの探していた人……。

 これが夢ではないとたしかめたかった。が、そのとき、ロビーからワラワラと人が入ってきた。特安隊だ。彼らの背後でユウトが命じる。

「そこまでだ。全員おとなしくついてこい」

 ヒロキたちは連行された。

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