裏切りの朝3

 *



 セイの遺体が発見されたのは、朝七時すぎ。

 そのとき、ヒロキはまだ室内で泣いていた。どこかで悲鳴が聞こえたと思うと、続けざまに数人の足音が廊下をかけだした。

 ヒロキが食堂から逃げだしたことを知って、みんなが怒ったのだと思った。室内には数日ぶんの非常食がある。このまま部屋にたてこもっていよう。ヒロキはそう考えた。

 しかし、外から呼び鈴が鳴らされ、衝撃のひとことを告げる。

「ヒロキ。セイが死んだ。殺されたんだ」

 ビックリして、ヒロキは部屋をとびだした。廊下にはショウが立っていた。

「セイが……セイが殺された?」

「ひどい死体だが、君は見ておくべきだと思う」

 茶髪のマジシャンは昨夜、ヒロキを裸にしたことなど忘れたように、ふつうに接してくる。それどころか、よろめくヒロキの腕をつかんで支えてくれた。

 いったい、この豹変ぶりはなんなのだろう? まるで、ショウのなかの凶暴な憑き物がおちたみたいだ。

 ショウはトランプのときに、みんなをひっかけるなどして油断がならない。あまり信用しないほうがいい。


 すると、ヒロキの考えを読んだように、ショウは苦笑いした。

「昨夜のことは悪かったよ。ちょっとハメをはずしすぎた。君があんまり可愛かったから」

 それは聞きなれたセリフだ。審問会のあとも、お仕置きのあとの神島も、ヒロキを暴力で屈服させておきながらそう言った。まるで、ヒロキのほうが悪いかのように。「おまえは異端者だが、可愛いのは事実だな」と。

「警戒しなくても、もう乱暴しないよ。私は君の味方だから」

 そんなこと言われても、すぐには信用できない。とりあえず、黙ってショウについていった。食堂前の廊下に人だかりがしていた。みんな青ざめた顔で立ちつくしている。セイの姿だけが見えない。

 ヒロキはまだ信じられなかった。セイが死んだなんて。ヒロキが異端者だから、みんなして、からかおうとしてる——そんな思いが消えない。


 だが、ヒロキを見て口をひらいたシロウは真剣そのものだ。

「なんで、ヒロキなんかつれてきたんだ。ジャマなだけだろ」

「いいじゃありませんか。異端者だって、仲間の死をいたむ心はあるでしょう」

 ショウがヒロキの背中を押す。全員がしぶい顔をしながらも、左右にわかれて道をあけた。

 そのとたん、ヒロキは息をのんだ。セイの姿が目に入る。へなへなと腰がぬけて、その場にすわりこんでしまう。

「セイ……」

 それは、とても凄惨な死体だった。全裸にされた上、胸から腹まで切り裂かれ、内臓がとりだされて解体されていた。壁には血がしぶき、どす黒い血だまりが床にできている。それだけではない。セイの白雪姫のように完璧な美貌が、激しく損なわれている。唇の両端が切り裂かれ、粗いめで縫いあわされていた。


「ひどい……」


 いったい誰がこんなにも残酷なマネをしたのか。セイの美貌は芸術的でさえあったのに。

 ただ、その表情はおだやかで美しい。優しく微笑んでさえいるようだ。

「セイ……なんで……」

 ヒロキは血だまりのなかを這った。セイの頭をかきいだくと涙があふれてくる。ヒロキの涙がセイの頬にかかり、セイ自身が流したようにすべりおちた。

「ひどい……誰がこんなことを……わたしたちが異端者だからって、ここまでしなくちゃいけないんですか?」


 全員の目が、シロウにむいた。いくら相手が異端者でも、ここまで残虐になれるのは一般市民ではない。これはもはや異端レベルだ。こんな乱暴ができるのはシロウしかいないと、みんなが思ったようだ。

「なんだよ。また、おれかよ。違うって」

 シロウは言うが、マナブが指摘する。

「でも、あんたは昨日もおれたちをあおって、ヒロキに乱暴させた。のせられてしまったけど、あれはやりすぎだった。首輪のあとが見えた時点で異端者なのは決定だったんだ。裸にする必要も、ましてや切り刻む必要もなかった」

「切らなかっただろ」

「それはヒロキが失神したからだ。じゃないと、あんた、本気で指の一本や二本、切り落とすつもりだった」

 ホヅミも大きくうなずく。

「セイが異端者なら、ヒロキと二人を逮捕して、ゲームは終わりだった。なんで殺したの? しかも、このやりかた、昨日、話題にした沈黙のマリオネットだ。話を聞いてマネしたくなったんじゃないの?」

 そう言えば、ヨウコがそんなこと話していた。ヒロキはヨウコの姿を探したが、見えなかった。ほかの全員がいるのに、彼女はこの場に来ていない。


 ここでレイヤが口をひらく。

「このなかに、もう一人、異端者がいるとしたら?」

 えッと声をあわせて、みんながレイヤを見る。

 レイヤは逆に冷徹な観察者の目を一人一人になげた。

「たとえば、セイがおとりだったら? 神島は『参加者のカードは基本的には本来の身分』だと言った。基本以外がいるかもしれないだろ? セイかヒロキが囮として市民のカードをあたえられているとしたら……このなかにもう一人、異端者が存在することになる」

「その可能性はありますね」と、ショウが言う。「基本的にってことは、例外もあるって意味です」

 ホヅミも賛成した。

「たしかに、ヒロキとセイは同じタイプ。二人が異端者じゃゲームがかんたんすぎるって、わたしたちも話してた」

 ホヅミがマナブに同意を求める。マナブもうなずき、不審の目でシロウをながめる。

「やめろよ。おれは異端者じゃないって言ってんだろ。見ろ」

 シロウは自分の服の襟を押しさげる。それが合図になって、全員が次々、首すじをあらわにした。誰一人、ヒロキやセイのような青い首飾りはない。

「ほら、見ろ。異端者はヒロキとセイ。それで決まりだ」

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