殺人鬼の足音4


 レイヤが言った。

「ヒロキ。リンと君でマナブをロビーにつれていってくれ。おれとシロウでここを調べる」

 ヒロキは言われたとおりにした。リンと二人で両側からマナブの手をとる。そのとき、すっとカレンがホヅミの部屋に入っていった。かたい表情だが、何をするつもりなのか。気になったが、レイヤの言うとおり、マナブは死体から離したほうがいい。ロビーへつれていく。マナブは子どものように素直に従う。

「おれ……また、助けられなかったよ。誰がホヅミをあんなにしたんだ……」

「マナブさん」

 マナブのとなりで手をにぎりしめていた。まもなく、レイヤとシロウ、カレンがロビーにやってきた。

「ホヅミのIDと通報カードがなくなってる。持っていかれたみたいだな」

 レイヤはそう言って、銀色の髪をかきあげた。その仕草を見て、なんとなく、ヒロキは胸がさわいだ。彼を……どこかで見たような気がする。しかし、その物思いはシロウの声にやぶられた。

「これでわかったな。おれは異端者じゃない。おれがあけろって言ったところで、ノコノコ出てきてくれるわけねえもんな。意外なやつってんなら、レイヤ。あんたなら意外だよな。捜査官が夜中に来ても、誰も警戒しないだろ」

 レイヤは答えない。マナブがおどろいて、レイヤを見あげる。

「え? 嘘……だろ? だって、捜査官がそんなことするわけない」

「おれじゃない」

 そのあと、レイヤは急に話をそらした。まるで、ふれられたくない話題にふれたように。

「ショウはどうしたんだ? これだけさわいでるのに、なぜ出てこない?」

 たしかに、それはヒロキも気になっていた。

「七時ごろにたずねたとき、返事がありませんでした」

 言うと、レイヤは顔をしかめた。そして、ショウの部屋へ行き、チャイムを連打で鳴らす。が、ショウは出てこない。

「ふつうじゃないな。なかで何かあったのかもしれない」

 みんなのあいだに不穏な空気がただよう。

「まさか……ショウも?」と、マナブ。

 シロウは怒鳴った。

「なんとかして、ドア、ぶちやぶれねえのか?」

 レイヤは妙な顔をして、シロウをながめる。

「ドアを介さなくても、なかは調べられる。そんなこと、修繕屋のあんたには、とっくにわかってると思ってたんだがな」

 シロウはバツの悪そうな顔で口を閉ざす。かわりに、リンが言った。あいかわらず、怖いくらい無邪気だ。

「それって、どんな方法?」

 レイヤはリンに手をさしだす。

「じゃあ、IDカードを貸してくれ」

「ええ? おれの? なんで?」

「君の部屋がショウのとなりだからだ」

「ふうん……?」

 リンがポケットをガサゴソかきまわす。

 そのとき、八時の時報がなった。ロビーと渡り廊下をつなぐハッチがひらく。昨日のように、神島のひきいる一隊が入ってきた。

「ゲームに脱落者が出た。遺体を収容する」

 神島がホヅミの部屋へ入っていく。ヒロキたちもそれを見守った。こんな殺しあいのゲームが、いつまで続くのだろう。異端者に逆戻りでもいい。今すぐ、こんなゲーム終わりにしてもらいたい。

 ホヅミの遺体を袋におさめ、神島たちが出てくる。立ち去ろうとする神島を、すがりつくような思いで見つめた。だが、神島はヒロキには一瞥いちべつもくれなかった。


(ユウト。わたしを見て。わたしなんて、ほんとにもう、どうでもいいの?)


 ぽろりと涙がこぼれる。

 そのかたわらで、レイヤがつめよった。

「待てよ。神島。ショウが呼んでも出てこない。やつの部屋を調べてくれ」

 ユウトはおもしろがるような目をなげた。視線で犯すように、レイヤの姿態を見つめる。さらに、ユウトはレイヤのそばにより、何事かささやいた。その声が聞きとれたのは、すぐ近くにいたヒロキだけだろう。

「あのころのように、ユウトとは呼ばないのか? レイヤ」

「……」

「おれがどれほど苦しんだか、わかってるんだろうな? おまえ自身の体で、そのツケは払ってもらう。待ってろよ」

「ユウト。おれは……」

 ユウトはレイヤの弁明を聞かなかった。一方的に言って背中をむける。

「清水翔のコンパートメントを調べろ」と、特安隊員に命じる。

 ショウの部屋は、神島の持つマスターキイで開放された。兵士によってくまなく調べられる。わかったのは、室内のどこにもショウがいないことだけ。ヒロキはそこにショウの死体があると想像していた。が、死体もない。血痕もない。室内はいたってキレイなものだ。

 これで、むしろ、謎は深まった。食堂でもなく、ロビーでもなく、部屋にもいない。いったい、ショウはどこへ行ってしまったんだろう?


 レイヤが言った。

「空き部屋があったな。そこに隠れてるのか?」

 空室はドアロックの電源がオフになっている。誰でもなかに入れるのだ。神島たちが去ったあと、一行で空室を調べに行った。二つある空室はどちらもカラだ。

 マナブがため息をつく。

「これじゃ、世紀の大消失マジックだ。いくらマジシャンだからって、ここまでしなくたっていいのに」

 新たな謎のおかげで、マナブは少し元気が出たらしい。

 リンが屈託なくわめいた。

「おれ、腹へったよ。早くしないと、朝ごはん終わっちゃうよ」

 レイヤが笑う。

「ああ。行こう」

 レイヤも笑うんだなと、ヒロキは思った。


(わたしにはそっけないくせに……)


 リンが勢いよく走りだし、ほかのメンバーもそれについて食堂へむかう。ヒロキはレイヤのあとを追いながら、その背中に話しかけないではいられなかった。

「レイヤはユウトと……神島所長と知りあいなの?」

 レイヤは一瞬、立ちどまる。そして、奇妙な間をもって、ヒロキをふりかえった。

「捜査官なら当然だろ?」

「それは……」

 ヒロキは反論の余地なく口ごもる。さらに、レイヤの冷たい言葉が追い討ちをかけた。

「そうやって見境なく甘えてみせるのが、君の生きるすべなんだよな?」

「……」

「君は完全なる矯正者だ」

 こみあげてくる涙を、ヒロキはこらえきれなかった。思わず、両手で顔を覆って泣きだす。すると、うしろから歩いてきたマナブが肩を抱いてくれた。

「しょうがないよ。君はそういうふうに仕込まれたんだから。悪いのは君じゃないよ。君に首輪をつけた大人のほうだ」

 ヒロキはマナブの胸にすがりついて泣いた。レイヤは舌打ちして歩いていく。あたりには、ヒロキとマナブ以外いなくなった。泣きじゃくるヒロキの髪を、さらりとマナブがかきあげる。そっと、唇が重なった。

「マナブさん……」

「あれ。おかしいな。なんで、おれ、こんなことしてるのかな?」

 おどけたマナブの口調が、やけにおかしい。ヒロキは泣き笑いしてしまった。

「ほら。笑ってるほうがいいよ」

(あ、前にセイにも言われた……)

 マナブがセイと同じでないことはわかってる。わかってはいるが、優しくされると急速に心が傾いた。ユウトやレイヤに冷たくされた胸のすきまに、マナブの優しさがとても心地よかった。マナブもホヅミを亡くしてさみしかったのだろう。ヒロキの気持ちに応えるように、ぎゅっと手をにぎりしめてくれた。

「食堂、行こうか。まだ、まにあえばいいけど」

「うん」

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