殺人鬼の足音5
ヒロキはマナブと手をつないで食堂に入った。さきに来ていた四人がバラバラの席で食事をとっている。
マナブは中央の席にヒロキをつれていった。食べ始めると、こんなことを言いだした。その声は大きく、ヒロキ一人にというより、そこにいる全員に聞かせるつもりのようだ。
「おれ、考えたんだけどさ。特安来る前、レイヤが言いかけてたこと。キーがなくても、ショウの部屋、調べられるって。あれ、通風口のことだよな?」
レイヤが顔をあげる。
「この会場の個室は、二部屋ずつ隣室がダクトを通してつながってる。通風口を使えば、リンの部屋から、ショウの部屋へ進入できる」
マナブの表情がかたくなる。
「それって、シロウの部屋からなら、ホヅミの部屋へ侵入できるってことじゃないか?」
ヒロキは大好きなオムライスをいそいそと口に運んでいた。嬉しいときにはオムライスを食べたくなる。マナブがそんなふうに言うので、スプーンをくわえたまま、その顔をながめた。
「そんなこと、ほんとにできるの?」
スプーンを口から離してたずねる。
朝からぶあついフィレ肉のカツサンドを、けっこうガッツリ食べていたレイヤは、ナイフとフォークを置いた。シロウを流しみる。
「できる。そうだよな? シロウ」
シロウはこっちも三択の一、カツサンドを手づかみで食べながら、口元をゆがめた。
「まあな」
知らなかった。ヒロキも入室したとき、部屋を調べた。しかし、天井までは見なかった。みんな、そんなところまで確認していたのだ。
「じゃあ、わたしの部屋は、マナブさんとつながってるの?」
ただ一人、イングリッシュブレックファーストのマナブがうなずく。
「うん。だから、ヒロキは安心だよ」
たしかに。もしとなりがシロウだったら、昨夜、殺されていたのはヒロキかもしれない。
「ちょっと待てよ」と、シロウは弁解を始める。
「言うと、おれが疑われると思って黙ってたぜ? だけど、おれはホヅミを殺しちゃいない。ほんとだ」
誰もシロウの言葉を信用していないようだ。マナブやレイヤは冷淡な目をしている。カレンはあいかわらず考えが読めないが、リンでさえ、シロウの近くの席から、後生大事にカツサンドを持って、ヒロキたちのほうへ移動してきた。
「アニキ、今度ばっかは、おれでも信用できないっす」
シロウは歯がみして、胸ポケットから、カードを一枚とりだした。電話のマーク。通報カードだ。
「これでいいだろ。おれは市民だよ」
「残念だけど、それじゃもうダメなんだ。ホヅミのカードが盗まれてる。そのカードがホヅミのじゃないと、どうしてわかる?」
ホヅミの敵討ちのつもりか。マナブの追及は厳しい。
「くそッ」
シロウは悪態をついて、カードをテーブルにたたきつけた。ちょうどブザーが鳴って、やってきたアンドロイドに没収された。
マナブがレイヤに問う。
「レイヤ。シロウ、どうする?」
「拘束しておくべきかな」
ヒロキは口をはさんだ。
「拘束ってどうするの?」
レイヤはまたもや、そっぽをむく。
「空室の一方に放りこみ、外からロープでドアを封鎖する」
即座にシロウが文句を言った。
「なんで、おれがそんなのに従わなけりゃいけないんだ?」
「心配しなくても、なかは水も電気も通ってる。食事は必ず誰かが運んでやる。それほど不自由はないだろ? あんたがなかにいるうちに、新たな殺人が起これば解放する」
「人殺しもそこまでバカじゃないだろ。おれが閉じこめられてるうちは、なんもしねえよ。何日かかるんだ?」
「しょうがないだろ。それとも、ここにいる市民と協力して逮捕されたいか? まだ、こっちには通報カードも、逮捕カードも残ってる」
「わかったよ。入ってやるよ」
シロウは渋々、レイヤの決定に従った。
食後、全員でシロウを空き部屋に入れた。外からロープでドアノブを柱に頑丈にむすびつけた。ロープの長さに余裕をもたせて、十五センチだけ、ひらくようにしておく。食事はそこからさしいれられる。
レイヤはロープの結びめに、ノートをやぶって細長く折った紙をまきつけた。ノリづけし、割印のようにレイヤ自身の名前を記す。
「これが切られてたら、あんたが犯人だと断定するからな。シロウ」
「わかってるさ。おとなしくしてるって」
もちろん、通風口でつながっている、となりの空き部屋もロープで封じる。容疑者のシロウが監禁されたことで、ヒロキたち四人は安心した。
「じゃあな。今日は自由行動だ。おれが忘れてたら、あんたらがシロウの食事、運んどいてくれ」
レイヤはシロウからとりあげたIDカードを、ヒロキの手に押しつけ立ち去った。
しばらく、ヒロキたちのまわりに、リンがつきまとっていた。が、ヒロキとマナブのあいだに急激に高まった親密な空気を感じたようだ。吐息とともに、どこかへ行ってしまった。
「ああ、ちょっと、リンに邪険だったかな」
「そうだね。でも、わたし、マナブさんと二人でいたい」
「君の部屋に行こうか。ヒロキ」
「うん」
熱っぽく見つめあって、ヒロキはマナブと自室へ帰った。部屋に入るとすぐ、マナブはヒロキにくちづけてきた。
「いいの? マナブさん。こんなことして。わたし、異端者だよ?」
「評価ポイントはどうせ、さがりまくってるからね」
「待って。シャワー浴びてくる」
「じゃあ、おれも」
そのあとの数時間は、恍惚のうちにすごした。マナブの優しい愛撫を全身に受けて、ヒロキは我を忘れた。黒髪が真紅にそまり、瞳の色が薄紫に澄んでいくのを見て、マナブはおどろていた。だが、ヒロキを抱きしめる力は変わらなかった。
「ヒロキ。可愛いよ。君、すごくカワイイ」
「マナブ……さん」
やっと、見つけた。この人なら、きっとわたしを愛してくれる……。
(でも、それじゃ、レイヤは……?)
心の声を、ヒロキは頭から追いだした。
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